市原 愛(ソプラノ)

若き歌姫が選んだテーマは“歌”と“翼”

©Akira Muto
©Akira Muto

名門トリノ王立歌劇場の来日公演(20 13年)に参加して注目を集め、今年は錦織健が手掛けたモーツァルト《後宮からの逃走》の全国ツアーでブロンデ役で聴衆を魅了。そんな人気ソプラノの市原愛が待望のデビューCDをリリースした。
「子どもの頃、ディズニー映画に出てくる小鳥たちの歌声が大好きだった」という彼女。アルバムには早坂文雄の〈うぐひす〉を筆頭に英国のエリック・コーツ〈夕べの鳥の歌〉やブラジル国民楽派のハイメ・オヴァーレ〈青い鳥〉まで、“鳥”や“翼”にまつわる楽曲などが集められ、斬新な選曲でも目を惹く。
「日本語も含めて6ヵ国語で歌っています。あまり録音されていないような楽曲にもできるだけ挑戦したかった」
とはいえ、主にドイツの歌劇場で研鑽を積み、リートをヘルムート・ドイチュに師事しただけあって、メンデルスゾーン〈歌の翼に〉や、白鳥の姿が幻想的に描かれているクララ・シューマン〈たおやかな蓮の花〉は必聴。
「既にキャラクターが出来上がっているオペラ・アリアの世界に対して、歌曲は歌い手の性別さえも定まっていない分、自分の個性を出しやすい。テキストも偉大な詩人や文豪の手によるものが多くて素晴らしいと思います」
〈翼〉〈死んだ男の残したものは〉〈小さな空〉などが並べられた武満徹ナンバーも聴きどころ。伴奏譜が残されている〈うたうだけ〉以外は、彼女と同じドイチュ門下生でもある、ピアノの丸山滋が編曲を行っている。
「谷川さんや武満さんが書いた歌詞の持つ力も強く、自分の中で感動すると完結してしまうので、あまり感情を込めすぎないようにして歌うのが難しかった。特に〈小さな空〉のような作品は、素朴で懐かしい旋律の良さが伝わるといいですね。丸山さんとはお互いに信頼し合える好い関係。今回はピアノ演奏にも鳥がさえずるような技巧が多く“トリル手当が欲しい”ってよく言ってましたが(笑)、お互いに地味ながら様々な技巧を凝らしています」
もともとオペレッタとして企画されたプッチーニ《つばめ》からの小アリア〈ドレッタの美しい夢〉ではオペラ的で伸びやかな歌唱も堪能。最後を飾るリスト〈おお、愛しうるかぎりを愛せ〉にも実はちょっとした秘密が…。
「リストの代名詞的なピアノ曲『愛の夢 第3番』のもとになったこの歌曲、ピアノ・パートの出だしがメンデルスゾーン〈歌の翼に〉にそっくりなのでぜひ聴き比べてみて下さい」
日本から世界に羽ばたく若き歌姫にふさわしい、素敵な1枚だ。
取材・文:東端哲也
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年12月号から)

CD
『市原 愛 ―歌の翼に―』

オクタヴィア・レコード
OVCL-00578
¥3000+税