INTERVIEW 平野一郎
「古典とは、予定調和と自由意志との戦いなのです」

 新作初演に立ち会って、いま最も興味深い、面白い作曲家は平野一郎かもしれない。その平野作品の中から2つのソナタ(ともに再演)とショスタコーヴィチ最後の作品「ヴィオラ・ソナタ」他による演奏会「CROSSING 衢 PROJECT 安達真理×イリーナ・メジューエワ 三つのソナタ|闇と光の黙示劇」は今から本当に楽しみだ。(3月1日14時、TOPPANホール)

ソナタ1曲目は、日本フィルのヴィオラ客演首席奏者=安達真理の委嘱で創作した無伴奏ヴィオラに依る〈人間ソナタ〉。全9楽章の大作(2025年4月初演)だ。2つ目はイリーナ・メジューエワからの委嘱作であるピアノ・ソナタ第一番〈光人彷徨〉(2023年11月初演)。こちらも全2楽章ほぼ同じ47分。当日のソナタ3曲目はショスタコーヴィチの遺作「ヴィオラ・ソナタ」作品147(1975)が予定されている。

最近の平野一郎作品では、今回の2つのソナタの他にも、昨年12月に安達がヴィオラで参加して初演したアミティ・カルテットのための弦楽四重奏曲第三番〈親和力∨恋苧環〉(しんわりょくまたはこひのをだまき)全6楽章(及び前奏曲・間奏曲・後奏曲)75分がある。近作2つは初演時、作曲家自身による長文の解説に接して「エッ!?」と引いてしまったが、曲が始まると退屈どころか時間が経過するのを忘れ、夢中になっている自分を発見、まさに音楽の魔力だ。

今回再演される「人間ソナタ」(45~47分)は、「働く人」「遊ぶ人」で始まり「歌う人」「夢みる人」「考える人」「愛する人」「戦う人」と続き、「祈る人」「踊る人」で終る9楽章。日本の神楽や、アゼルバイジャン風?のドローン付き民俗音楽が顔を出したり、奏者の唸り声が発せられるなど、あの手この手を次々繰り出してくるので初演時は全く飽きを感じさせなかった。

 京都府北部、日本海に突き出た丹後半島の港町、宮津市の生まれ。日本三景のひとつ天橋立(あまのはしだて)で知られる観光都市だが、仏教と神道、キリシタンの祈りがそれぞれ土着化して混然一体となって残る独特の風土でもある。そうした文化が「無かったことにされてたまるか」(本人)という思いは強く、言葉に力がこもり、多弁になる。

 ところでなぜソナタなのか?

「最近みつけたキーワードですが《古典において規範からの逸脱は例外ではなく原理である》。これはテーゼです。世間で認識されているような《古典は規範である》は間違いです。あらかじめ形式がある、ということ自体がアクチュアル。形式や規範通りに進行する名曲なんて無い。予定調和と自由意志との戦いがそもそも古典なんです。周期的に動こうとするのを止めようとする力が働くからそこにドラマが始まる。これ、絶対真理です!ベートーヴェンのソナタもダンテの『神曲』もゲーテの『ファウスト』『親和力』も(ピアノ・ソナタ〈光人彷徨〉のアイディアのベースとなった)ミルトンの『失楽園』も、古典の親分のような作品はそのような意味において《古典》。そのような意味において、ソナタ形式は壊されるために存在しているのです」

 平野作品のユニークな長さと、委嘱作品の創作の秘密はどこにあるのか。

「時間の長さについていえば、神楽や歌舞伎が先行事例としてあります。神楽は一晩中やっているけど、それを長いなんて言う人はいないし、言っても意味がない。それに倣って僕の曲もだんだん厚かましくなって長くなっていますけど(笑)、聴き手を退屈させないのには秘密というか隠し味はあります」

 2つのソナタの創作に当たって、依頼者のメジューエワさんから出された条件は「書きたい曲を。でも強いて言えばリストのロ短調や〈ダンテ・ソナタ〉のような今時ない長さと深さ、大きさのあるソナタ」「どこかにフーガがあること」だった。〈人間ソナタ〉の場合は「無伴奏ヴィオラ」という以外に条件はなかった。

「演奏家から仕事を頼まれた際に、ある程度そこで条件が定まりますよね。そのとき(江戸時代初期/17世紀の仏師の)円空は今そこにある木の中にホトケを見出した。今度の2つのソナタの場合で言えば、彼女たちの今そこにあるものの中に見出すのですね。自分の頭の中にある勝手な理想ではなくて」

少し意地悪な問いも投げてみた。平野作品にはなぜあれほど言葉が溢れているのか。当日会場で配られる作曲家自身による長文のメッセージを読むうちに曲が始まってしまう。20世紀半ば以降の新作初演ではごく日常ではあるとはいえ当惑することもある。

「作曲家が残す第一次情報はもちろん楽譜です。でも1回聴いてすぐ理解するなんてありえない。その後の様々な情報を組み合わせて全体像を作っていく。そのために最低限絞り込んだ文章を付けるのです。パラドックスとなることを承知で言うと、私は言葉など信じてはいない。全ては音楽の中にある。そして作品は無尽蔵であり、どんなに言葉を費やしてもその謎を解き明かせることはないのです」その後に起こり得る変な誤解を事前に封じ込めるため、の意味もあるのかもしれない。まずは音楽で、次に言葉で、言いたいことが山ほどあって止まらない、それが平野一郎という今後も確実に残り、聴かれ、語られ続ける作曲家だ。

取材・文:渡辺和彦

CROSSING衢PROJECT Vol.4
安達真理×イリーナ・メジューエワ
三つのソナタ|闇と光の黙示劇~ヴィオラとピアノによるソロとデュオ~
2026.3/1(日)14:00 TOPPANホール

出演
安達真理(ヴィオラ)
イリーナ・メジューエワ(ピアノ)

プログラム
ラフマニノフ:ヴォカリーズ op.34-14
平野一郎:ピアノ・ソナタ第一番〈光人彷徨〉左手と右手に依る二幕の黙示劇
平野一郎:無伴奏ヴィオラに依る〈人間ソナタ〉
ショスタコーヴィチ:ヴィオラ・ソナタ op.147

問:東京コンサーツ03-3200-9755
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