
右:清水和音 ©Yuji Hori
ベートーヴェンの「第九」。あの壮大でスペクタクルな世界を、たったふたりの男が堂々と打ち建てる。はたして、そんなことが可能なのだろうか?
それができるのである。ベートーヴェンを深く尊敬したリストは、9つの交響曲すべてをピアノ独奏用に編曲するが、これらに先行して、1850年代の早い時期に第9番の2台ピアノ編曲をまとめている。ピアノ・デュオ版で聴くと、「第九」の大それた醍醐味が、まざまざと伝わってくる。
しかし、それにはやはり屈強なピアニストが、しかも指折りのヴィルトゥオーゾがふたり必要だ。ずっと休みなく弾き続け、しかも人類を背負って立つくらいの器量が求められるのである。
いまから30年ほどまえ、迫昭嘉に呼びかけて、これを日本初演した強者が清水和音だった。この春、初めて手合わせするペーター・ヤブロンスキーとは、気の合う長年の友人どうし。スウェーデンに生まれた神童も、いまは髭を蓄える壮年となったが、驚くべきことに、近年とみに果敢なヴィルトゥオージティを要する難曲への挑戦を続け、さらに持ち前の鋭敏な技巧と構築性を刷新している。年下の友人ヤブロンスキーをプリマに迎え、清水和音はこれまでどおり、どっしりとセコンダに構える。
ベートーヴェン後期の尊い世界も、破格の逞しさも、優美なカンタービレも聴こえてくる。高度な技巧も、情熱も緊密な集中力も、すべてリストがベートーヴェンに忠誠を尽くすために必要としたものだ。雄大なるピアノ・デュオが、その気高い志を生きぬく。
文:青澤隆明
(ぶらあぼ2026年1月号より)
ペーター・ヤブロンスキー & 清水和音 ピアノの第九
2026.3/13(金)19:30 横浜/フィリアホール
問:プロアルテムジケ03-3943-6677
https://www.proarte.jp

青澤隆明 Takaakira Aosawa
書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。『ショスタコーヴィチを語る』(青土社)で、亀山郁夫氏と対談。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
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