
「人の夢」と書いて儚いと読むが、ソプラノ藤井玲南の芸術性に触れた筆者が何より感じたのが、彼女の「儚げな」個性であった。東京藝大を出てドイツの歌劇場に入り、ウィーン国立音大でも研鑽を積むという歌手の王道を行く人なのに、なぜ彼女はこんなにも儚げなのだろう?——2019年にあるコンサートの司会役を務めた際、歌を聴くだけでなく、舞台上で対話もしたうえでの偽らざる印象である。
しかし、今ではその佇まいの理由が分かる気も。藤井は「ただ、曲を届けたい」といった思いが余りに強いよう。だから、ステージ上の彼女は、空気の精の如く自らの気配を消す。クララ・シューマンのリート〈美しさゆえに愛するのなら〉など、過剰な表現が一切なく、清々しさの極致と思われた。一歩引いた感じの取り組みが、逆に新鮮でもあったのだ。
その藤井玲南がこの度リサイタルを開くとのこと。中田章の〈早春賦〉や山田耕筰〈からたちの花〉、それにシューベルトの〈セレナーデ〉といった人気曲も取り上げるが、筆者がさらに注目するのは、根本卓也作曲「サナトリウム」の世界初演と、ドヴォルザークのチェコ語の歌曲集「ジプシーの歌」である。前者は有名なサマセット・モームの短編小説に着想した歌曲集とのことで、藤井の怜悧な解釈力が頼もしくもある。また、後者では地方色豊かで熱いメロディが続くだけに、禁欲的な歌い手の心も大きく揺さぶられ、別種の世界を拓くのでは? その新境地も今から楽しみなのである。
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2026年1月号より)
藤井玲南 ソプラノ・リサイタル2026 ~I Love You~
2026.2/28(土)14:00 横浜/フィリアホール
問:カジモト・イープラス050-3185-6728
https://www.kajimotomusic.com

岸 純信 Suminobu Kishi
オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。

