「人生何が起こるかわからない」──ショパンコンクール第4位・桑原志織が語るこの一年

2025年のクラシック音楽界をふりかえるとき、間違いなく主役の一人と言えるのが、ピアニストの桑原志織さんです。10月、ショパンコンクールでの第4位入賞で一躍時の人に。12月10日に行われた東京オペラシティ コンサートホールでの凱旋リサイタルを終えたばかりの忙しいスケジュールの合間をぬって、いまの心境を語ってくれました。
ワルシャワの聴衆のあいだでは日ごとにシオリ・ファンが急増!
©Wojciech Grzedzinski/NIFC

取材・文:飯田有抄

 2025年は、桑原志織にとって激動の一年だった。2024年の12月初め、彼女は第19回ショパン国際ピアノコンクールの予備予選免除での出場権があると告げられた。ブゾーニ国際コンクールやルービンシュタイン国際コンクールでの上位入賞が、高く評価されてのことだった。実はその直前に、桑原はエリザベート王妃国際コンクール(25年5〜6月)へのエントリーを済ませたばかりだったという。

「もしもエリザベートの申し込み前にショパンコンクールの話が来ていたら、おそらくショパン一本に絞っていたかもしれません。というのも、私はこれまで国際コンクールには、1年に一本くらいのペースで臨んでいたからです。30歳を迎える2025年、コンクールを受けられる最終年となったこの1年のあいだに、まさか二本受けることになるとは思ってもいませんでした。そして12月にはオペラシティで、自分がオール・ショパン・プログラムのリサイタルを行うことになるとは、1ミクロンも想像していませんでした。いろいろなチャレンジを続けていれば、こういった幸せに巡り合えることもあるんだな、人生何が起こるかわからないんだなと、今年は大きく感じました」

 実は桑原にとって、ショパンは集中的に取り組んできた作曲家ではなかった。この10年ほど、ショパンの作品を聴衆の前で演奏する機会もなかったという。

「さまざまな時代や国や作曲家に関心があり、どんな作品もそれぞれの魅力をしっかりと伝えられる演奏をしたいと考えてきました。そのため、挑戦するコンクールも、幅広いレパートリーから自由にプログラムが組めるものを選んでいました。留学先としてドイツ語圏に行きたいという思いもあり、自分の演奏スタイルやカラーとして、ショパンより他の作曲家の方が向いていると考えていた時期もありましたね。今回のコンクール参加を通じて、ショパンの数々の作品が、私自身の演奏スタイルや解釈に、新たな影響を及ぼしてくれたと思います」

豊かな音色とスケールの大きな演奏でファイナルへと駒を進めた
©Wojciech Grzedzinski/NIFC

 そんな桑原のコンクール本番の堂々たる演奏は、会場はもちろんオンラインでも多くの聴衆の心を掴み、審査結果へとつながった。大舞台でも緊張しないことで知られる桑原だが、その理由を尋ねると「生まれ持った性格としか言いようがない」と笑う。

「普段からわりと能天気なタイプで、高ストレス状態でも自分を保てるのだと思います。もちろんコンクールはリサイタルとは違い、作品の持つある種のセオリーを重んじ、少なからず抑制を効かせながら演奏する面はあります。でもそれは、レパートリーに磨きをかけられる貴重な機会でもあります。また開催地ならではの経験ができたり、地元の人たちとのご縁が生まれたりするのも、コンクールをポジティブに捉えられる醍醐味です」

 ワルシャワでの日々も、温かい出会いに満ちていた。

「特に忘れられないのは、1次予選の後です。私は夜の部の最終奏者でした。審査が終わり、楽屋口から出ると、待っていてくれた聴衆の方々がいました。公式プログラムに載っていた私の生年月日を見て、数日後に誕生日が控えているのを知り、ポーランド語で〈ハッピーバースデー〉を大合唱してくれたんです! それがワルシャワの人々との最初の親密なコミュニケーションだったので、とても感動しました。コンクールも後半になると、顔と名前を覚えてくださる人が増えてきました。ある夜、練習所からの帰りにメイクもせず帽子を深く被って傘をさして歩いていたら、『あなた、シオリよね。がんばって!』と知らない人から声をかけられて、びっくりしました」

ポーランド大統領ご夫妻と(桑原さん提供)

 帰国後も、ショパンコンクールの上位入賞となれば、周囲の反応は大きく変わる。演奏会のオファーや取材も激増した。だが、桑原自身の落ち着いた姿勢は変わらない。

「コンクール前も後も、生活そのものに大きな差はないんです。この先もずっと、地道な積み重ねがものを言う世界だと感じていますから。ただ、テレビや新聞、雑誌など、いろいろなメディアに取り上げていただき、多くの方の目に留めていただけたことは実感しています。ファイナルで着たドレスを、父がクリーニング店に受け取りに行ってくれたとき、会員カードの苗字を見た店員さんから『お嬢様なんですね!おめでとうございます』と声をかけてもらったそうです。私もうっかり、ひどい格好でコンビニに行ったりできませんね(笑)」

ワルシャワでは各国のメディアからのインタビューにも応じた
©Krzysztof Szlezak/NIFC

 東京生まれ東京育ちの彼女にとって、日本全国、そして世界各地で演奏できることは、これからの楽しみな展開だ。

「11月にはポーランドでツアーをさせていただきました。どのホールも美しく荘厳で、所蔵している楽器も素晴らしかったです。そうした新たな出会いは今後も楽しみです。日本ではこれまで東京や名古屋でリサイタルを開いていましたが、今後は各地を巡り、一人でも一回でも多く演奏を聴いていただきたいと思っています。来年は室内楽や、オーケストラの中でピアノを弾く(いわゆるオケ中ピアノ)チャンスにも恵まれそうです。昔から室内楽もオーケストラも、オペラもバレエも本当に大好きなんです! 多様な活動を通じて、お客様と出会えることを楽しみにしています」

【Information】
桑原志織 出演公演(2025年12月28日現在)

第19回 ショパン国際ピアノ・コンクール2025 入賞者ガラ・コンサート[全公演完売]
2026.1/22(木)18:30 熊本県立劇場コンサートホール
https://www.kengeki.or.jp/audienceperform/2025-galaconcert
2026.1/23(金)19:00 福岡シンフォニーホール
https://www.acros.or.jp/events/14645.html
2026.1/24(土)14:00 大阪/ザ・シンフォニーホール
https://www.asahi.co.jp/symphony/event/detail.php?id=2763
2026.1/25(日)14:00 京都コンサートホール
https://www.asahi.co.jp/symphony/event/detail.php?id=2762
2026.1/27(火)18:00 東京芸術劇場コンサートホール
https://chopin.japanarts.jp/gala.html
2026.1/28(水)18:00 東京芸術劇場コンサートホール
https://chopin.japanarts.jp/gala.html
2026.1/29(木)18:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
https://kanagawa-geikyo.com/concert/concert-8301/
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場コンサートホール
https://chopin.japanarts.jp/gala_ngy.html

ウィリアム・ショート ファゴット・リサイタル
2026.3/7(土)14:00 愛知/宗次ホール
https://munetsuguhall.com/performance/general/entry-4189.html

桑原志織 ピアノ・リサイタル
2026.4/26(日)14:00 香川/ハイスタッフホール(観音寺市民会館)
https://www.kanon-kaikan.jp/event/2026/895.html

桑原志織 凱旋リサイタル
2026.5/7(木)19:00 大阪/ザ・シンフォニーホール
https://www.symphonyhall.jp/event/2024137301/

群馬交響楽団 第56回東毛定期演奏会
2026.7/18(土)15:00 太田市民会館 2/2発売
https://www.gunkyo.com/concerts/2952/
群馬交響楽団 第620回定期演奏会
2026.7/19(日)16:00 高崎芸術劇場 2/2発売
https://www.gunkyo.com/concerts/2959/

富士山静岡交響楽団 第138回定期演奏会
2026.10/24(土)13:30 アクトシティ浜松(中)
https://www.shizukyo.or.jp/post/2026breakingnews2

愛知室内オーケストラ 第104回定期演奏会
2027.1/29(金)18:45 愛知県芸術劇場コンサートホール
https://ac-orchestra.com/20270129-aco104/