音楽への思いは歳月も世代も超えて
小林道夫×白井圭〜レジェンドとの対話〜

©️MUSICASA

 音楽は時代を超える。たとえば、シューベルトの作品ならば、すでに200年ほどの歳月を生き延びて、なおも現代の私たちの心に響いてくる。だが、そのためには、なにより生きた演奏家が必要だろう。
 ヴァイオリニストの白井圭が、鍵盤の賢人たる小林道夫のピアノと共演し、シューベルトの名作を若い世代にも聴いてほしいと願う。作品が生きざまならば、生演奏はまさしくいまを生きる証でもある。 
 かつて小淵沢で開催されていたリゾナーレ音楽祭での演奏に感銘を受けた白井圭は、パンデミックの2020年秋、大分県由布院の小林邸を訪ねて対談を行っている。デュオでの演奏会は昨年に続き、これが二度目。自主的に今回のコンサートを企画したと言う。
演奏の後には、いま92歳の小林道夫と、これからの若者たちとの対話の場もひらき、ふたりが音楽家として生きてきた歳月の経験を伝えたいという思いもある。いまを生きてこその出会いであり、音楽とはそもそも生きた出会いの美しい昇華なのである。

由布院での対談の様子

白井「最初にベートーヴェンの6番のソナタを一緒に弾かせていただいたし、音楽祭で演奏をいくつも聴いて、なんてすごいんだろう、ピアノってこういう楽器なんだっけ?って思ったんです。オルガンもチェンバロも弾かれるからか、ピアノだけを弾いている人の音じゃないんですよ」
小林「実にそのとおりで(笑)、ピアノはね、僕にとって副科なんですよ。そういう意味で、ピアノを弾くことについては、自分のできることでとことん付き合っていける」
白井「とにかく、アプローチが有無を言わせない感じで、なにを弾かれても音楽に確固たるものがあった。全部の声部がそれぞれ聞こえてくるから、いままで聞いたことのないような響きだったりもする。それでずっと憧れて、一緒にやりたいって言ってきたんです」
小林「居心地わるい、誰の話をしているんだ?(笑)。正直に言って良ければ、50人ほどの外来演奏家と仕事をしてきましたが、さほど有名でなくても、なにか音楽的な“アウラ”みたいなものを出している方がいる。日本人の前の世代の演奏家たちにもそれを持ってる方がいらしたし、若くても音楽的な刺激を大きく受ける方々が何人かいらっしゃる。白井さんは、そのなかのおひとりですね。僕にとって、必ずなにかもらうものがたくさんある。一緒にやっていて、いつもこれはたいへんだと思います(笑)。勉強し直してこなきゃ、と」

——この秋のプログラムは、オール・シューベルトで、ニ長調、イ短調、ト短調の3つのソナタ(ソナチネ)op.137と、「華麗なるロンド」ロ短調に、じっくりと取り組まれます。

白井「昨年のデュオ・リサイタルで、バッハやモーツァルトもそうですが、シューベルトのイ長調ソナタD.574をご一緒したとき、ぜんぜん自分にないものを与えていただけて、うれしかった。僕はウィーンに留学したので、ウィーン生まれウィーン育ちのシューベルトにはとても愛着があるし」
小林「自分がある程度自信をもってつき合える大作曲家が、バッハとモーツァルトとシューベルトだから。シューベルトは、中山悌一先生の伴奏に選ばれて、本気で仕込まれたのがいちばんのきっかけ。最初の仕事は『冬の旅』で、シューベルトについても仕込まれたし、ドイツ音楽の基礎的な考えかたについても叩き込まれた」
白井「ソナチネなんて、ほんとにリートですよね。小林先生はリートの世界を熟知した人のアクセントでぜんぶ世界をね、場面を開いていってくださる。ふたりで演奏しているときは、そんなに決め込まないですね。決めてかかっちゃうと恣意的になるというか、それよりもその場で何が起きているのかで、ほんとうに必要な音を一個ずつ積み重ねていく」
小林「見せびらかすところがなく、考えてることは全部ばれる。シューベルトはとくにそういう作曲家です」。

——このコンサートは白井さんの熱い思いがあって、若い世代に開かれているのですね。

白井「若い人がきやすいようにアプローチしつつ、次世代との繋ぎを僕がこの演奏会でできたらと思っています。とにかく小林先生の演奏を聴いてほしいし、92歳のいまも現役で、いっぱいステージで音楽を届けているお姿を、若い人たちにぜひみてほしい。音楽に興味がない人も、演奏会が初めての人も。若者って、小林先生にとってどういう存在ですか?」
小林「うーん……。大げさなことになっちゃうけど、ひょっとすると、この歳で生きてる意味そのもの。こういうやりかたは、演奏する側として、いちばんやらなきゃいけないことじゃないかな。すごく正当的で、着眼点をちゃんと押さえて、しかも迎合しない。最初は思ったように行くかわからないけれど、ぜひ広まってほしい企画だと思います」。
白井「今回は神奈川県だけれど、いろんなところで演奏会ができてもいいですしね」。
小林「さ、由布院帰ってさらおう(笑)」

取材・文 青澤隆明

小林道夫×白井圭 〜レジェンドとの対話〜
2025.11/27(木) 横浜市港南区民文化センター ひまわりの郷


出演
小林道夫(ピアノ)
白井圭(ヴァイオリン)

曲目
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ全3曲
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのための華麗なるロンド ロ短調

チケット料金
S席:5,000円
S席保護者席:4,000円(Y席との連番、1席に限る)
A席:4,000円
A席保護者席:3,000円(Y席との連番、1席に限る)
Y席(25歳以下):2,000円
(全席指定・税込)

※日本が誇る偉人の音楽を、なるべく多くの次世代の音楽界を支える若い方に聞いてもらいたいとの主催者の思いから、25歳以下は2,000円、また初めてのコンサート鑑賞のきっかけにしてもらえるよう保護者割引(高校生まで)を設定しています。

問:ticket.kuk@gmail.com
チケット取り扱い:https://teket.jp/14947/55285
チケット電話予約:カンフェティチケットセンター 050-3092-0051


青澤隆明 Takaakira Aosawa

書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
https://x.com/TakaakiraAosawa