ショパンコンクールついに閉幕!ファイナルと授賞式を振り返って

高坂はる香のワルシャワ現地レポート 第7回

取材・文:高坂はる香

 2025年のショパンコンクールは、エリック・ルー Eric Luさんが10年越しの再挑戦でついに優勝を果たすという結果となりました。そして日本の桑原志織さんは第4位に入賞!

第1位 Eric Lu エリック・ルー(アメリカ)
第2位 Kevin Chen ケヴィン・チェン(カナダ)
第3位 Zitong Wang ワン・ズートン(中国)
第4位 Tianyao Lyu リュー・ティエンヤオ(中国)/ Shiori Kuwahara 桑原志織(日本)
第5位 Piotr Alexewicz ピオトル・アレクセヴィチ(ポーランド)/ Vincent Ong ヴィンセント・オン(マレーシア)
第6位 William Yang ウィリアム・ヤン(アメリカ)

マズルカ最優秀演奏賞 Yehuda Prokopowicz イェフダ・プロコポヴィチ(ポーランド)
コンチェルト最優秀演奏賞 Tianyao Lyu リュー・ティエンヤオ(中国)
ソナタ最優秀演奏賞 Zitong Wang ワン・ズートン(中国)
ポロネーズ最優秀演奏賞 Tianyou Li リ・ティエンヨウ(中国)
バラード最優秀演奏賞 Adam Kałduński アダム・カウドゥンスキ(ポーランド)

©Haruka Kosaka

 また10月21日に発表された聴衆賞は、地元ポーランドのピオトル・アレクセヴィチさんが第1位、ついで第2位がマレーシアのヴィンセント・オンさん、第3位が中国のリュー・ティエンヤオさんと、興味深いことに審査員による最終順位とは違ったものとなりました。

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結果発表を待つ夥しい数の報道陣 ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 最終結果発表は、午前2時半。終演から約5時間後となりました。前回が午前2時だったのでさらに時間がかかっており、審査員の意見が割れたことが窺えますが、これには、「参加者を点数順に並べたのち、各順位は3分の2以上の審査員が同意することで確定する」という規定によって、順位がなかなか決まらなかったのが原因とのこと。その方法では永遠に決まらないということで、結局最終的には、基本的に点数順そのままで順位を出すことになったと聞いています。
 また、各特別賞が上位入賞者だけでなく、セミファイナリストのポーランド人なども含めて授与される結果となったことも、審査員たちの意向が実にさまざまだったことの表れだそうです…。

ファイナリストたちが階段を下りてくる恒例のシーン ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 最終結果を出すにあたっての点数の計算は、過去のラウンドの得点も加算するルール。1次10%、2次20%、3次35%、ファイナル35%という割合で、このバランスも最終結果を大きく左右することになったかもしれません。

真夜中にずれ込んだ結果発表 ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 また、今回からファイナルでピアノ協奏曲の前に幻想ポロネーズを演奏することになったことも、ファイナリストたちへの負担のかかり方を変えたと言えそうです。ほとんどのコンテスタントたちは、問題なく演奏を楽しむことができたし、良い課題だと思うと(建前上かもしれませんけれど)話していましたが、審査員の間では考え直す必要があるという声も出ていたとか。
 ただでさえ、コンチェルト慣れしていないコンテスタントにとっては、その準備に集中したいところがそうはいかないということが、多少なりとも影響を与えてしまったのだろうという印象を受けました。

 ファイナルの共演は、おなじみワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団。指揮は音楽監督のアンドレイ・ボレイコさんです。今回からオーケストラのスコアは、「ショパン研究所がショパンの意図をより反映させるべく1年以上にわたる準備を経て再編集」したもの。「生前のオリジナル版に最も近く復元され、かつ現代の演奏家のニーズに合わせて編集された」ものだと説明されています。そのため、これまで聴き慣れたオーケストラパートと少し違う部分があったそうです。

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Eric Lu ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 エリック・ルーさんは、ショパンの光と影を静かに描き出すような、熱く、しかし落ち着いた自分の演奏を最後まで貫いて、優勝に輝きました。
 心の底を覗くような、静かに人生の時間をかみしめているような幻想ポロネーズ。そしてピアノ協奏曲は、第1番で優勝する人が圧倒的に多い中、彼の師のダン・タイ・ソンさん以来45年ぶりに第2番を弾いて優勝するという結果に。オーケストラの冒頭が合わないというハプニングはありながらも、彼のピアノの音はそのひとつひとつから感情と意味が伝わるよう。束の間の子ども時代の幸せな瞬間を彷彿とさせるような終楽章まで、この曲はエリック・ルーのためにあると思えるようで、2番の協奏曲のすばらしさを改めて教えてくれました。
ここまで終演後、ほとんどのメディア取材を受けずにいた彼ですが、最後の演奏の後にはプレスに囲まれ、穏やかな表情で取材に答えていました。

インタビューに応じるエリック・ルー ©Haruka Kosaka

 第2位となったケヴィン・チェンさんのファイナルは、幻想ポロネーズ、協奏曲第1番ともに、シンプルで美しいショパンを求めた結果という演奏。過剰にメロディを揺らすようなことはなく、淡々としているけれど、しかしそのままで十分に美しい。輝かしくフレッシュな音の魅力とともに、ショパンの感情をしっかりと伝えました。
 ここまですでに数々のコンクールで優勝に輝いているケヴィン・チェンさん。このショパンコンクールの入賞でコンクールは最後にするだろうと話していました。

Kevin Chen ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 ワン・ズートンさんは、幻想ポロネーズで少々ヒヤリとする場面がありながら、初めてオーケストラと演奏したというピアノ協奏曲第1番では、持ち前の豊かな音を鳴らして、抑揚たっぷりの音楽を奏でていきます。カーティス音楽院ではマンチェ・リュウ門下、小林愛実さんの妹弟子にあたり、聞くところによると、今回ファイナルの期間ワルシャワに駆けつけていた小林愛実&反田恭平夫妻が、最後に集中的にコンチェルトについてアドバイスをしていたそう(この辺りの話はまた後日くわしくご紹介します!)。
 最強の二人のサポートを得て仕上げたコンチェルトと、ここまでのステージでの高い評価によって、第3位とソナタ賞を受賞しました。

Zitong Wang ©Krzysztof Szlezak/NIC

 桑原志織さんは、ファイナル最終日の大トリに登場するという巡り合わせとなりました。
 豊かに響く音で、生きる希望を感じる幻想ポロネーズ。ピアノ協奏曲第1番では、よく通る音がいきた第1楽章、メランコリーを感じる第2楽章、そしてなめらかに歌うスタイルでエレガントにまとめあげた第3楽章と、若きショパンの心情に寄り添った彼女ならではの世界観を見せてくれました。聴衆からも大きな支持を得て、第4位に入賞。
 「これまで私がショパンを弾くイメージを持っていた方はほとんどいらっしゃらなかったと思いますが、このコンクールを通じて演奏していくことで、改めてショパンが本当に好きだと感じましたし、みなさんにも私自身の新たな部分を見ていただくことができたと思います」と話していました。

Shiori Kuwahara ©Wojciech Grzedzinski/NIFC

 1次からみずみずしい才能を見せていたリュー・ティエンヤオさんは、コロコロとした得意のタッチを活かし、そのキャラクターを反映した若々しく輝きに満ちたピアノ協奏曲第1番で、第4位に入賞。ポーランドのポズナンで学ぶ彼女は、10月21日に誕生日を迎え、17歳になったばかり。演奏後、客席に向けてハートを飛ばしたポーズでも話題となりましたが、確かな素地と天性の音色、クリエイティヴィティを感じさせる、今後が楽しみな存在です。

Tianyao Lyu ©Wojciech Grzedzinski/NIFC

 すっかり注目の存在となった新星、マレーシアのヴィンセント・オンさんは、固定観念に縛られることをやめているかのような、訥々と語る幻想ポロネーズを演奏。ピアノ協奏曲第1番でも、自由気ままなダイナミクスの変化が不思議と説得力を持って語りかけ、ワクワクとするフィナーレまで魅力的な音楽を聴かせてくれました。
 第5位に入賞となりましたが、関係者たちから、もっと上位でもよかったのに!という声を特に多く聞いたファイナリストです。

Vincent Ong ©Wojciech Grzedzinski/NIFC

 同じく5位には、終楽章でのどかなポーランドの草原で踊る人々が見えるようなピアノ協奏曲第2番を演奏したピオトル・アレクセヴィチさんが入賞。
 ギラギラとした演奏が多い中で、独特の詩情と、肩の力のぬけたさらさらとした表現、ユニークな音楽作り、卓越したテクニックをみせたウイリアム・ヤンさんは、第6位に入賞しました。

Piotr Alexewicz ©Krzysztof Szlezak/NIFC
William Yang ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 高い集中力で生気溢れる演奏をし、なにより、立体感のあるよく伸びる音を鳴らしていた進藤実優さん(一番上階の3階席バルコニーで聴いていましたが、まるで目の前でピアノが弾かれているような音のクリアさでした!)は、入賞がならず本当に残念です。

Miyu Shindo ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 ファイナルのトップバッターを務めていた、リ・ティエンヨウさんは、安定したテクニックで美しくまとまりのある演奏を披露。ダヴィド・フリクリさんは、ピアノ協奏曲第2番で自らの世界観を示し、こちらを選ぶ人は、みんな2楽章のシリアスなパートがキャラクターによく合う人ばかりなのだなとしみじみ感じさせましたが、入賞はならず残念でした。

Tianyou Li ©Wojciech Grzedzinski/NIFC
David Khrikuli ©Wojciech Grzedzinski/NIFC

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ライトアップされた夜の国立大劇場 ©Haruka Kosaka

 結果発表の翌日、授賞式と入賞者披露演奏会が、会場を国立大劇場に移して行われました。ピアノは優勝したエリック・ルーさんの演奏していたファツィオリ。とっても広い会場なので、調律師さんは大変だったことでしょう。思えばこれは、前回のブルース・リウの時に続く快挙なわけですが、前回も同じ調律師さんが、「この会場での調律は本当に大変だった」と話していたことが思い出されます。

Eric Lu ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 しかしこの日は祝祭の雰囲気! 今回は、ファイナル進出を逃した面々から選ばれた特別賞の受賞者、バラード賞のアダム・カウドゥンスキさんとマズルカ賞のイェフダ・プロコポヴィチさんに加え、6位から1位までの入賞者という、計10名のピアニストがかわるがわるステージにあらわれて演奏。
 大トリにはエリック・ルーさんがピアノ協奏曲第2番を奏で、開催100周年を前にした記念すべきコンクールの優勝者に大きな祝福が贈られました。

Finalists ©Krzysztof Szlezak/NIFC

Chopin Competition
https://www.chopincompetition.pl/en


【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール

第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール

出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団

他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)


高坂はる香 Haruka Kosaka

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/