世界中の音楽ファンの目がワルシャワに注がれるショパン国際ピアノコンクールの開催が、いよいよ間近に迫りました。ピアニスト・文筆家にしてコンクール・ウォッチャーでもある青柳いづみこさんが、本大会までの経緯を振り返りつつ、コンクールを展望。第2回は、話題のコンテスタントのことはもちろん、審査員の顔ぶれ、課題曲やピアノセレクションにおける変更など、審査への影響が予想されるポイントを、ピアニストならではの視点で分析していただきました。
文:青柳いづみこ
注目のアーティスト
第1回でも少し触れたように、今回はルールが変更され、従来の免除枠が拡大された。これまではショパン研究所(NIFC)が定める主要国際コンクールの直近の回で2位までの入賞者に限られていたが、今回は、コンクールの年齢制限範囲内であれば、過去に遡ってもエントリーが認められることになった。結果的に、リーズ国際コンクール優勝のエリック・ルー、同第2位の小林海都、浜松国際コンクール第2位の牛田智大とドイツのヨナス・アウミラー、ルービンシュタインコンクール優勝のケヴィン・チェンと同第2位でブゾーニでも第2位の桑原志織、パデレフスキコンクール優勝のイ・ヒョクとフィリップ・リノフなど、19名の大部隊になった。

この拡大はかなり緊急に決まったようだ。そうでなくても今回は申請書の締め切りが突然1月も伸びたため、過去最多の642名がエントリーして書類・映像審査が大激戦となった。予備予選出場者の発表時期は決まっていたため、必然的に審査期間が縮小されたことになる。具体的な審査方法は公表されていないが、どのようにして公平性が保たれたのかも気になるところだ。
NIFCのシュクレネル所長によれば、書類・映像審査をくぐり抜けて予備予選に参加した162名中、25点満点で20点を超える評価を得たピアニストが24名もいたという。にもかかわらず、免除者数が増えたため、本大会への出場者は66名にとどめられた。
書類・映像審査、予備予選免除で本大会に進む中では、一番の注目はやはり2015年第4位のエリック・ルーだろう。その後リーズ国際でも優勝し、満を持してのエントリーになる。前回ブルース・リウが優勝したダン・タイ・ソン門下から連続して優勝者が出るとすれば、有力候補であることは間違いない。

©W. Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute
前回は完璧に近い演奏をしながら第2次予選で姿を消して多くのファンにショックを与えた牛田智大は、リーズでは聴衆賞にとどまり、こちらも満を持しての出場になるだろう。予備予選を聴くかぎり、今回の審査傾向のほうが牛田に合うような気がする。もっとも、審査員の顔ぶれが変わるので何とも言えないが、今度こそ本選で『幻想ポロネーズ』と協奏曲を聴きたいものだ。
小林海都は2015年のときは予備予選止まりだったが、その後大きく成長し、ワルシャワに戻ってくる。ショパンコンクールを受けるのが子どものころからの夢だったという桑原志織がどんなショパンを聴かせてくれるか、こちらも楽しみだ。
韓国のイ・ヒョクは予備予選を突破したイ・ヒョと兄弟出場となる。二人とも明るく華やかな音楽性で聴衆を魅了することだろう。
総勢29名と絶対多数を誇る中国は、粒ぞろい。2021年に17歳でファイナリストになったラオ・ハオはさらに貫禄を増したし、16、17歳なのにすでに完成されたピアニストも多い。私の価値観は審査員とは少しずれているようで、本大会でぜひ聴きたいと思ったドゥ・ペイダは残念ながら落ちてしまったが、上海音楽院に学ぶウー・イーファンやジン・ズーハンもすばらしい。

2015年のコンクールから主流になりつつあるダン・タイ・ソン門下では、前回2次予選まで進出したチャン・カイミンがリーズ第4位に入賞し、ショパンでも入賞を狙う。ゆったりしたテンポでエリック・ルーを彷彿とさせるデン・ユーボーにも注目したい。
数少ないヨーロッパ勢では、中立個人参加(国籍はロシアだが政治的な理由)のアンドレイ・ゼニンがさすがの貫禄で注目される。イタリアのガブリエーレ・ストラータ、ジョージアのダヴィド・フリクリはいずれも個性派。中国勢にはどちらかというと正統派が多いだけに、大いに暴れてほしいものだ。
日本は13名。免除者以外で注目したいのは中川優芽花。エリザベートでは惜しくもセミ・ファイナルを逃したが、深い思索性とその場で生まれたような即興性がすばらしい。15歳と最年少の中島結里愛は韓国との二重国籍。おっとりした音楽性が魅力だ。島田隼はアメリカのジュリアード音楽院在学中。豊かなテンペラメントの持ち主で、佇まいもスター性十分。前回本選に進めず、審査員の多くが残念がった進藤実優は霊感に満ちたピアニスト。今回こそ本選で「幻想ポロネーズ」を聴きたい。

第2回ピリオド楽器のためのコンクールからは、免除者も含めて入賞者全員が本大会に進んだ。優勝したエリック・グオは随所に古楽的要素を持ち込むなど、新たな価値観の呈示に期待が集まる。日本の東海林茉奈と西本裕矢はヤマハでの壮行会を聴いたが、西本がブルース・リウが弾いた「ラ・チ・ダレム変奏曲」でブリランテな技巧を聴かせたのに対して、東海林は弱音を駆使して「これぞショパン!」と思わせる優雅な表現を見せた。前回は惜しまれつつ第2次予選で姿を消した京増修史も、丁寧な読譜と繊細なタッチで魅せるピアニスト。同じアジアでも、韓国とも中国とも違う日本人の美点を活かした演奏が評価されることを願う。
審査員の顔ぶれ
第19回コンクールの大きな特徴は、創設以来はじめてポーランド以外の国から審査員長が呼ばれたことだ。アメリカのギャリック・オールソンは、1970年の優勝者。ポリーニ、アルゲリッチにつづき、内田光子が2位に入賞した年だ。ジュリアード音楽院でロジーナ・レヴィーンに師事。1966年にブゾーニ、68年にモントリオール優勝と着実にキャリアを積み重ねてショパンに至った正統的なピアニストだ。筆者が視察した2015年、18年、21年、23年(18年、23年はピリオド楽器)と「ポーランド枠」と囁かれた自国優遇の傾向に変化がみられるのだろうか。音楽学者のジョン・リンクは2015年、21年につづいて審査員をつとめるが、今回は新たに音楽評論家のジョン・アリソンが加わっている。この人についてはあまり情報が上がってこないのだが、1965年のときは審査員と音楽評論家の意見が合わず、セミファイナルに進めなかった遠藤郁子含む3名に音楽評論家特別賞を授与するというできごともあっただけに、審査の動向が注目される。

審査員の若返りもはかられている。ハラシェヴィチが退き、オレイニチャクが亡くなり、前回のサー・チェンに加えて2010年の優勝者アヴデーエワが加わった。これで40代が二人そろったことになる。アヴデーエワはフォルテピアノも弾くため、ピリオド楽器のコンクール出身者たちも心強いことだろう。日本からは、2015年、21年に引きつづいての参加となる海老彰子とともに、児玉桃も加わった。1990年の第12回、セミファイナルに日本人が半数の7名残り、「7人のサムライ」と言われた中の一人だ。児玉の国際舞台への進出はめざましく、小川典子の後を継いで浜松国際コンクールの審査員長に就任し、リーズ、エリザベートでも審査員をつとめている。
課題曲の変更、新たな楽器の指定など
第19回で新たに加わったものに、本選での曲目がある。従来は協奏曲第1番もしくは第2番をオーケストラと共演して最終順位が確定したが、ショパンの最初期の作品で優劣が決まることを疑問視する声も多かった。今回は新たに最晩年の傑作「幻想ポロネーズ」が加わった。年代は逆だが、設定の都合上、ソロ曲が先に演奏されるという。採点の配分などは明らかにされていないが、傾向がまったく違うだけに審査基準の定め方がむずかしくなりそうだ。また、当然のことながら予選では同曲を演奏できないため、本選進出の勝負曲に定めていたコンテスタントは、新たな選択を迫られるだろう。
ショパンコンクールは楽器の選定ができる珍しい国際コンクールだが、従来のスタインウェイ、ヤマハ、カワイ、ファツィオリに加えて、新たにドイツからベヒシュタインが指定楽器に選ばれた。ベヒシュタインは第1回の1927年から75年までは指定楽器だったが、今回半世紀ぶりに復活することになる。そのかわり、これまで2台だったスタインウェイが1台になってしまう。しかも、発表されたのが予備予選が終わって本大会出場者が決定してから2ヶ月もたった7月1日のこと。ベヒシュタインは、少なくとも日本ではあまりコンサートホールに置かれていないので、コンテスタントたちから戸惑いの声もきかれる。

ピアノ・セレクションは9月29日〜10月1日の3日間にわたり行われる。楽器の選定時間はわずか15分。 前々回までは、楽器を指定してもラウンドごとに変更が可能だった。前回も当初は変更不可と伝えられたが、1次予選が終わったところで可能と告げられた。今回も変更不可となっているが、やはり始まってみたらくつがえるのだろうか。というのは、楽器によって楽曲の向き不向きがあり、ソロ曲による予選ラウンドは他の楽器を使用していても、オーケストラとの共演がある本選だけスタインウェイを選ぶコンテスタントも多かったからだ。
当初は変更不可を告げられていた2021年でスタインウェイを選択するコンテスタントが多かったのはそのためだろう。しかるに、やはり変更不可を告げられている今回は、希望が殺到するかもしれないスタインウェイが1台きり・・・。コンテスタントたちの困惑は痛いほどわかる。
圧倒的にスタインウェイが多い中で、ファツィオリを見事に操って優勝したブルース・リウ、Shigeru Kawai で濃密な音楽を表現した第2位のアレクサンダー・ガジェヴ。2015年の第17回で、ヤマハを雄弁に奏でてみせたシャルル=リシャール・アムラン。それぞれの個性を託せる楽器がみつかりますように!
◎第19回ショパン国際ピアノコンクール出場者(84名)※9/25現在 アルファベット順
Piotr Alexewicz ピオトル・アレクセヴィチ(ポーランド)
Jonas Aumiller ヨナス・アウミラー(ドイツ)
Yanyan Bao バオ・ヤンヤン(中国)
Michał Basista ミハウ・バシスタ(ポーランド)
Kai-Min Chang チャン・カイミン(台湾)
Kevin Chen ケヴィン・チェン(カナダ)
Xuehong Chen チェン・シュエホン(中国)
Zixi Chen チェン・ズーシー(中国)
Hoi Leong (Zach) Cheong チョン・ホイリョン(中国/ポルトガル)
Diana Cooper ダイアナ・クーパー(フランス/イギリス)
Athena Deng アテナ・デン(カナダ)
Yubo Deng デン・ユーボ(中国)
Mateusz Dubiel マテウシュ・ドゥビエル(ポーランド)
Yu-Ang Fan ファン・ユーアン(中国)
Alberto Ferro アルベルト・フェッロ(イタリア)
Yang (Jack) Gao ガオ・ヤン(ジャック)(中国)
Shuguang Gong ゴン・シュグアン(中国)
Eric Guo エリック・グオ(カナダ)
Wei-Ting Hsieh シェ・ウェイティン(台湾)
Xiaoyu Hu フー・シャオユー(中国)
Hasan Ignatov ハサン・イグナトフ(ブルガリア)
Zihan Jin ジン・ズーハン(中国)
Adam Kałduński アダム・カウドゥンスキ(ポーランド)
David Khrikuli ダヴィド・フリクリ(ジョージア)
Antoni Kłeczek アントニ・クウェチェク(アメリカ/ポーランド)
Kaito Kobayashi 小林海都(日本)
Mateusz Krzyżowski マテウシュ・クシジョフスキ(ポーランド)
Shiori Kuwahara 桑原志織(日本)
Shushi Kyomasu 京増修史(日本)
Hyo Lee イ・ヒョ(韓国)
Hyuk Lee イ・ヒョク(韓国)
Kwanwook Lee イ・クァンウク(韓国)
Luwangzi Li リ・ルーワンズ(中国)
Tianyou Li リ・ティエンヨウ(中国)
Xiaoxuan Li リ・ シャオシュエン(中国)
Zhexiang Li リ・ジェーシャン(中国)
Hao-Wei Lin リン・ハオウェイ(台湾)
Pedro López Salas ペドロ・ロペス・サラス(スペイン)
Eric Lu エリック・ルー(アメリカ)
Philipp Lynov フィリップ・リノフ(中立個人参加)
Tianyao Lyu リュー・ティエンヤオ(中国)
Tiankun Ma マ・ティエンクン(中国)
Xuanyi Mao マオ・シュアンイー(中国)
Ruben Micieli ルーベン・ミチェーリ(イタリア)
Nathalia Milstein ナタリア・ミルステイン(フランス)
Yumeka Nakagawa 中川優芽花(日本)
Yulia Nakashima 中島結里愛(日本)
Viet Trung Nguyen グエン・チュン・ヴィエト(ベトナム/ポーランド)
Yuya Nishimoto 西本裕矢(日本)
Vincent Ong ヴィンセント・オン(マレーシア)
Arisa Onoda 小野田有紗(日本)
Piotr Pawlak ピオトル・パヴラック(ポーランド)
Yehuda Prokopowicz イェフダ・プロコポヴィチ(ポーランド)
Hao Rao ラオ・ハオ(中国)
Anthony Ratinov アンソニー・ラティノフ(アメリカ)
Zuzanna Sejbuk ズザンナ・セイブク(ポーランド)
Jun Shimada 島田隼(日本)
Miyu Shindo 進藤実優(日本)
Mana Shoji 東海林茉奈(日本)
Gabriele Strata ガブリエーレ・ストラータ(イタリア)
Eva Strejcová エヴァ・ストレイツォヴァー(チェコ)
Ziye Tao タオ・ズーイエ(中国)
Chun Lam U ユー・チュンラム(中国)
Tomoharu Ushida 牛田智大(日本)
Ryan Wang ライアン・ワン(カナダ)
Zitong Wang ワン・ズートン(中国)
Jan Widlarz ヤン・ ヴィドラシュ(ポーランド)
Andrzej Wierciński アンジェイ・ヴィエルチンスキ(ポーランド)
Krzysztof Wierciński クシシュトフ・ヴィエルチンスキ(ポーランド)
Victoria Wong ヴィクトリア・ウォン(アメリカ/カナダ)
Maiqi Wu ウー・マイチー(中国)
Yifan Wu ウー・イーファン(中国)
Miki Yamagata 山縣美季(日本)
Ryota Yamazaki 山﨑亮汰(日本)
Fanze Yang ヤン・ファンズー(中国)
William Yang ウィリアム・ヤン(アメリカ)
Yuanfan Yang ヤン・ユァンファン(イギリス)
Yichen Yu ユー・イーチェン(中国)
Yuewen Yu ユー・ ユエウェン(中国)
Andrey Zenin アンドレイ・ゼニン(中立個人参加)
Jacky Xiaoyu Zhang ジャッキー・シャオユー・チャン(イギリス)
Yonghuan Zhong チョン・ヨンホワン(中国)
Hanyuan Zhu ジュー・ハンユエン(中国)
Jingting Zhu ジュー・ジンティン(中国)
※カタカナ表記は編集部作成。それぞれの言語の標準的なルールに則っていますが、実際の発音は異なる場合があります。
第19回ショパン国際ピアノコンクール
2025.10/2(木)〜10/23(木) 会場:ワルシャワ・フィルハーモニー
◎開会記念コンサート 10/2(木)20:00(日本時間10/3 3:00)
◎第1次予選 10/3(金)〜10/7(火)
モーニング・セッション 10:00(日本時間17:00) イヴニング・セッション17:00(日本時間 24:00)
◎第2次予選 10/9(木)〜10/12(日)
モーニング・セッション 10:00(日本時間17:00) イヴニング・セッション17:00(日本時間 24:00)
◎第3次予選 10/14(火)〜10/16(木)
モーニング・セッション 10:00(日本時間17:00) イヴニング・セッション17:00(日本時間 24:00)
◎本選 10/18(土)〜10/20(月)18:00(日本時間 翌日1:00)
◎入賞者披露演奏会 10/21(火)〜10/23(木)各日19:00(日本時間翌日2:00)
https://chopincompetition.pl
【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)


青柳いづみこ Izumiko Aoyagi(ピアニスト・文筆家)
安川加壽子、ピエール・バルビゼの両氏に師事。マルセイユ音楽院首席卒業。東京藝術大学大学院博士課程修了。学術博士。平成2年度文化庁芸術祭賞。演奏と文筆を兼ね、著作は34点、CDは25点。『翼のはえた指』で吉田秀和賞、『青柳瑞穂の生涯』で日本エッセイストクラブ賞、『6本指のゴルトベルク』で講談社エッセイ賞、CD『ロマンティック・ドビュッシー』でミュージックペンクラブ音楽賞受賞。2023年には、高橋悠治とのアルバム『シューベルトの手紙』(ALM)、『仮面のある風景 F・クープラン作品集』(TKI)、西本夏生とのアルバム『カプリス』(ALM)をリリース、2024年にはジョヴァニネッティとのCD『19歳のシューベルト』(ALM)リリース。近刊に『パリの音楽サロン ベルエポックから狂乱の時代まで』(岩波新書)。2025年にはサティ没後100年を記念して書籍とCDアルバムを刊行予定。日本演奏連盟、日本ショパン協会理事。大阪音楽大学名誉教授、神戸女学院大学講師。兵庫県養父市芸術監督。
https://ondine-i.net




