日本とウクライナを祖国に持つサクソフォン奏者、五十嵐健太が古今の旋律にこめる“祈り”

 278回目を迎えた東京オペラシティの「B→C」は、経歴が注目される新鋭サクソフォン奏者、五十嵐健太の登場だ。日本人の父とウクライナ人の母を持つ彼は、11歳でウクライナの音楽学校、17歳でキーウ音楽院に進んだが、戦禍により日本へ避難。東京音大に入学し、現在も同大学院で学ぶかたわら、日本管打楽器コンクールでは第1位等を受賞。今年5月には東京佼成ウインドオーケストラに入団した。

 今回は、ソプラノとアルト、2本の楽器を用いる。バッハのヴァイオリン協奏曲イ短調のソプラノでの演奏も楽しみだが、ウクライナに因んだ4作品がとりわけ目を引く。まずは委嘱作(世界初演)のヴィノグラドワ「マフカ」。題名は「古代ウクライナ神話に登場する死んだ子どもの魂」を意味し、同国出身の作曲者はサクソフォンを「発展の可能性に満ちた若い楽器」と捉えているというから、いかなる作品なのか実に興味深い。また、ウクライナのサクソフォングループが委嘱したザンテの「日本の歌によるファンタジー」には〈浜辺の歌〉の一節、「ウクライナの人々へ想いを寄せつつ、彼の地に平和が戻ることを願って書いた」(作曲者)久留智之の「極東のドゥムカ」には、日本民謡やウクライナ音楽の要素が含まれているとの由。そして「ウクライナの人々が最も愛する曲の1つで、美しい旋律が心に響く」(五十嵐)スコリクの「メロディ」で、“祈り”というテーマを込めた本公演は締めくくられる。このほかサン=サーンスの(クラリネット)ソナタ等々、内容は盛り沢山。ここは、五十嵐の心情を映す稀少なウクライナ関連作品と、世界の中でもハイレベルな日本サクソフォン界の俊才の力量を知る貴重な機会となる。

文:柴田克彦

(ぶらあぼ2025年10月号より)

東京オペラシティ B→C 五十嵐健太(サクソフォン)
2025.10/28(火)19:00 東京オペラシティ リサイタルホール
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999 
https://www.operacity.jp