輝きを増すテノール、ルチアーノ・ガンチが歌うイタリアの魂

©Fabrizio Sansoni

 いま声の力が一番みなぎるイタリアン・テノールの一人がルチアーノ・ガンチだと思う。イタリアの海と空のような艶がある輝かしい声が旋律に充満し、レガートが流麗に紡がれ、熱情にせよ、悲哀にせよ、感情が色濃くにじむ。手練れのイタリア人歌手にしか出せない輝きと色合い。それも、たしかなテクニックに支えられた味わい。世界の主要劇場で引っ張りだこなのにはわけがある。

 イタリア・オペラの「黄金時代」と呼ばれた1950〜70年代ごろに名声を博した歌手にあった声の色味。ガンチの歌にはそれがあり、しかも現代的な洗練が加わり、表情も豊か。だから聴きがいがある。ヴェルディの歌唱が格調高いのはもちろん、プッチーニも、ヴェリズモも、情熱と品位が不即不離だからドラマが磨かれ、聴いていて心地よい。

 そんなガンチの魅力が隅の隅まで詰まったリサイタルが開催される。ヴェルディ《海賊》やプッチーニ《トスカ》などから、オペラ・アリアが歌われるのはもちろん、トスティやレオンカヴァッロの歌曲も、カンツォーネ・ナポレターナも、たっぷり聴ける。たとえば、トスティの〈そうなってほしい〉やデ・クルティスの〈帰れソレントへ〉などは、曲がある種の声の色合いを強く欲している。それは前述したガンチの声の味わいと見事に重なると思う。だから、決定版といえる歌が聴けるのではないだろうか。イタリアの歌と声を知り尽くした浅野菜生子のピアノを得て、歌の力が彩り豊かにあふれるはずだ。

文:香原斗志

(ぶらあぼ2025年10月号より)

プラチナ・シリーズ第2回 ルチアーノ・ガンチ(テノール)
2025.10/15(水)19:00 東京文化会館(小)
問:東京文化会館チケットサービス03-5685-0650 
https://www.t-bunka.jp


香原斗志 Toshi Kahara

音楽評論家。神奈川県生まれ。早稲田大学卒業、専攻は歴史学。イタリア・オペラなどの声楽作品を中心にクラシック音楽全般について執筆。歌声の正確な分析に定評がある。日本ロッシーニ協会運営委員。著書に『イタリア・オペラを疑え!』『魅惑の歌手50 歌声のカタログ』(共にアルテスパブリッシング)など。歴史評論家の顔もあり、近著に『お城の値打ち』(新潮文庫)。