ぶらあぼブラス!vol.38 東邦高等学校マーチングバンド部(愛知県)
甲子園で“宿敵”のために奏でた夏

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

「ゲームセット!」

 主審の声とサイレンが球場に響いた。日に焼けた高校球児たちの頬を涙が伝った。

2025年、夏の高校野球。愛知県大会決勝で名門・東邦高校野球部は豊橋中央高校に惜敗。甲子園への夢は絶たれた。

 ところが、その15日後、甲子園のアルプススタンドに東邦高校マーチングバンド部の姿があった。彼らが応援するのは、東邦の夢を打ち砕いた豊橋中央。

 なぜ彼らは“宿敵”を応援し、そこで何を見つけたのか——。

 異例の「友情応援」の裏側には、高校生たちの葛藤と成長があった。

「絶対に俺らが甲子園に連れていく」

 東邦高校マーチングバンド部の部長を務めるトランペット担当の三冨彩名(みとみあやな)(3年)は、野球部員が約束してくれた言葉を信じていた。

「野球応援は特別なものだと思っています。私たちの演奏が、気持ちとともに選手たちに伝わると確信しています」

 彩名がそう語ったとおり、マーチングバンド部にとって野球応援は大事な活動のひとつだ。迫力ある演奏は甲子園に出るたびに注目の的。特に、千葉ロッテの応援と湘南乃風の楽曲をつなげた《戦闘開始》は他校にも真似をされるほどの有名曲となっている。

 指導にあたる白谷峰人監督はこう語る。

「マーチングバンド部の活動としては、依頼演奏やマーチングコンテストなどと並んで、野球応援もつねに年間計画に組みこんでいます。高校野球は、単なる野球部の試合を超えて大きな文化を形成しています。我々の応援もその一翼を担っているのはとても嬉しく、誇らしいことです」

 応援演奏だけでなく、応援団やチアリーダーのパフォーマンス、ベンチ入りできなかった野球部員たちの声援、全試合の全国放送、審判やバス会社や宿泊施設やグラウンド整備など大会を支える人たちの力……。まさに高校野球は多様な人々の活動を包みこんだ巨大な文化だ。

 東邦高校マーチングバンド部の部員たちの中にも、野球応援がしたくて入部してきた者も少なくない。彩名もそうだった。

「家が高校の近所ということもあり、中学時代からマーチングバンド部の演奏や衣装、礼儀正しさにずっと注目してきて、『ここでやりたい』と思うようになりました。高校3年間は無心で何かに打ち込みたかったんです。東邦高校の野球の試合にも親が連れて行ってくれて、応援演奏をするキラキラした姿に惹かれました」

 晴れてマーチングバンド部の一員となった彩名は、野球部と同じ夢を追い続けてきた。甲子園という夢を——。

左より:三冨彩名さん、大場麻央さん

 今年、野球応援の際に部員たちの前に立って指揮をするのは、3年生の大場麻央。普段、演奏ではサックスを、マーチングではドラムメジャー(指揮者)を務めている。

「中学時代は吹奏楽部がなかったので美術部でした。東邦では全力で青春したいと思い、マーチングバンド部に飛びこみました。楽器もマーチングも初めてでしたが、憧れの世界だったので、夢中で楽しんでいるうちに3年生になっていたという感じです」

 麻央も、彩名と同様に「甲子園に連れていく」という野球部の言葉を信じていた。応援演奏の指揮者はグラウンドに背を向けている。麻央は腕の疲れも忘れるほど精いっぱい指揮をし、マーチングバンド部の自慢のサウンドを引きだした。

「たまに我慢できずに振りかえったりしますが、ほとんどの時間は背中に試合の展開を感じて、『頑張れ頑張れ!』と思いながら指揮を続けます。試合が白熱すると、部員たちもテンションが上がってテンポが速くなりがちなので、抑えるのに苦労することもあります」

 県大会決勝はまさに白熱の展開だった。豊橋中央にリードを許していたが、9回裏に同点に追いついた。

甲子園での応援

「よかった! よかった!」

 麻央は思わず大声で言いながら号泣した。手に汗握る延長戦では、気持ちの上でマーチングバンド部も選手たちとともに戦っていた。勝つことしか考えていなかった。

 ところが、試合は延長11回タイブレークの末、1点差で敗戦。甲子園出場の夢ははかなく消えた。

 彩名はトランペットを握りしめ、泣きじゃくった。選手の涙、スタンドの野球部員たちの涙、チアリーダーや応援する人々の涙……。数えきれないほどの涙が流れた。

「みんなと一緒に甲子園に行きたかった。絶対行けると思ってたのに……」

 麻央も落ち込んだ。試合終了直後から燃え尽き症候群のようにすべてに対してやる気を失った。

 東邦の夏は終わったかに見えた。

 ところが、思ってもみなかった話がマーチングバンド部に舞い込んできた。甲子園に初出場する豊橋中央から「応援をお願いできないか」というオファーが届いたのだ。

 豊橋中央は吹奏楽部が休止状態で、応援は声しかない。決勝で東邦と戦ったとき、豊橋中央の野球部はその応援のすごさに圧倒され、監督と部員の総意で友情応援を依頼してきたのだった。

 その話を白谷監督から伝えられたとき、彩名や麻央たちは戸惑った。自分たちの夢を打ち砕いた相手を応援する——いくら甲子園で演奏できるといっても、手放しで喜べることではない。だが、同じ愛知県勢として、困っている学校に手を差し伸べる意義はわかる。自分たちの演奏を認めてもらえたことも嬉しいことだ。

 彩名の頭に浮かんだのは東邦の野球部の選手たちだった。

「どう伝えればいいんだろう。でも、知らせないわけにもいかないし……」

 ためらいながらも彩名は野球部員に友情応援の話をメッセージで伝えた。すると、返事には、野球部内で「頑張ってきてね」という声と「俺たちが連れていきたかったのに。悔しい」という声があると書かれていた。当然のことだ。自分たちだって、割り切れていない。豊橋中央はいわば“宿敵”だ。しかも、悲劇の敗戦からまだ数日しか経っていなかった。

「複雑だよね……」

 彩名は麻央たちと顔を見合わせ、ため息をついた。決勝で流した涙はまだ忘れていない。

 だが、彩名は思いきって気持ちを切り替えることにした。

「こんな機会をつくってくれたのも、決勝まで頑張った野球部のおかげかもしれない。部長の自分がいつまでも迷っていてはいけないな」

 甲子園のアルプススタンドで最高の《戦闘開始》を響かせよう。豊橋中央のために——。

 8月11日、マーチングバンド部の姿が甲子園にあった。Tシャツには「TOHO」の文字、帽子には「CHUO」の「C」の文字。彩名も、麻央も、まさかこんな形でアルプススタンドに立つとは思ってもいなかった。

 豊橋中央の攻撃になると、《戦闘開始》の冒頭には通常「T・O・H・O、T・O・H・O、トーホー!」というかけ声が入る。そこを「C・H・U・O、トヨハシ、チューオー!」に変えた。

 自校の野球部の応援なら観客も一緒に声を上げてくれるが、豊橋中央の応援団は東邦の演奏にどう反応していいかわからないようだった。それでも、彩名たちは精いっぱいの演奏を繰り広げた。

 友情応援が決まってから、豊橋中央の野球部員が東邦を訪れ、正式な依頼とともに曲目などのリクエストを伝えた。ベンチ入りできない野球部員たちだ。彼らが仲間を思って真摯に語る様子を見たとき、彩名の胸は熱くなった。きっと試合に出られない悔しさや自分たちが倒してしまった相手の高校に応援を頼む申し訳なさも心のどこかにあっただろう。それでも、仲間のために東邦にやってきたのだ。

(対戦相手とこんなふうに話すなんて不思議だな)

 彩名は思った。そして、かつて「敵」だった人たちが、同じ甲子園という夢に向かって全力で頑張っていた高校生なのだということがわかった。

(学校は違っても、思いは同じなんだ。その思いに全力で応えよう!)

 彩名は熱い気持ちをトランペットに乗せ、グラウンドに向けて吹き鳴らした。試合の序盤は雨が降っており、木管楽器などはビニールをかけて演奏しなければならなかった。だが、天候が回復するころには、応援団も演奏に合わせてかけ声や手拍子を送ってくれるようになった。アルプススタンドの一体感はどんどん高まっていった。

 ある選手がバッターボックスに立った。決勝で東邦を破ったときにマウンドにいたエース・髙橋大喜地選手だ。アントニオ猪木の顔真似をすることで話題だったが、豊橋中央からは彼のために猪木の入場テーマ曲を演奏してくれないかと頼まれていた。そこで、マーチングバンド部ではテーマ曲《炎のファイター》を編曲し、練習を重ねていた。

「行くぞ!」と彩名が声を上げると、部員たちが「1、2、3、ダーッ!」と叫んだ。

 アルプススタンドから勇ましい音楽が響きだした。すると、それに応えるように髙橋選手が鮮やかにヒットを放った。彩名は周囲と喜びあいながら思った。

(あ、自分、いまめっちゃ応援してる!)

 抱えていた割り切れない気持ちは、甲子園の空に消えていた。

 試合は1点差で豊橋中央の敗戦で終わった。

 彩名も麻央も同じ気持ちになっていた。もっと応援したかった。準備していたのに、まだ演奏していない曲もあった。ここで甲子園を去るのは寂しかった。そして、夢の舞台で演奏する機会をくれた豊橋中央、大切なことを教えてくれた豊橋中央にありがとうと言いたかった。

 甲子園での戦いが終わってから数日が経ち、豊橋中央の野球部が感謝を伝えに東邦高校へやってきた。マーチングバンド部は、改めて彼らの目の前で《戦闘開始》を披露した。

 目の前にいる日焼けした球児たちを見て彩名は思った。

(なんだか仲間みたいだな。一緒に戦えてよかった)

 麻央も指揮をしながら不思議な感慨を覚えた。

(私たちも感謝しなきゃ。ありがとうという言葉では足りないけど、ありがとう)

 自分たちの“宿敵”を応援するという前代未聞の夏だった。

 彩名や麻央たち東邦高校マーチングバンド部は葛藤の先に、夢に向かって頑張る高校生同士の爽やかな友情を見つけたのだった。


『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス

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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)

世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。