ウィーンの夏の風物詩、今年の6月13日に行われた公演が早くもディスク化。J.S.バッハの「エア(アリア)」で静かに始まるが、これは3日前に発生したグラーツでの銃撃事件の犠牲者追悼のため。ただし外界の事件を感じさせるのはこの部分のみで、その後は管弦楽の名曲あり歌あり合唱ありの楽しい時間へ。ソヒエフはウィーン・フィルを豊潤さそのままに快活に歌わせ、申し分ない。ウクライナもガザも入り込む余地はないが、この極上の空間を支える社会がいかにもろくそれゆえに尊いか、それを反語的に感じさせる。最後のレハール〈友よ、人生は生きる価値がある〉が甘美さゆえに痛切に響く。
文:矢澤孝樹
(ぶらあぼ2025年9月号より)
【information】
CD『ウィーン・フィル・シェーンブルン・サマーナイト・コンサート2025』
J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番より「アリア」/チャイコフスキー:バレエ「くるみ割り人形」より〈花のワルツ〉/プッチーニ:歌劇《トゥーランドット》より〈誰も寝てはならぬ〉/レハール:オペレッタ《ジュディッタ》より〈友よ、人生は生きる価値がある〉 他
トゥガン・ソヒエフ(指揮)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ピョートル・ベチャワ(テノール)
ウィーン少年合唱団
収録:2025年6月、ウィーン(ライブ)
ソニーミュージック
SICC 2367 ¥2970(税込)

矢澤孝樹 Takaki Yazawa
1969年山梨県塩山市(現・甲州市)生。慶應義塾大学文学部卒。水戸芸術館音楽部門主任学芸員を経て現在ニューロン製菓(株)及び(株)アンデ代表取締役社長。並行して音楽評論活動を行い、『レコード芸術online』『音楽の友』『モーストリークラシック』『ぶらあぼ』『CDジャーナル』にレギュラー執筆。朝日新聞クラシックCD評選者および執筆者。CD及び演奏会解説多数。著書に『マタイ受難曲』(音楽之友社)。ほか共著多数。



