INTERVIEW 石井基幾(テノール)
イタリア・オペラを知り尽くした世界的指揮者、リッカルド・ムーティが、才能ある若手音楽家に上演に至るまでの全過程を伝える「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」。第5回となる今年取り上げられる作品は、ヴェルディ中期の傑作《シモン・ボッカネグラ》。ムーティから指導を受けた指揮受講生がタクトをとる「若い音楽家による《シモン・ボッカネグラ》」(9/11)、そしてマエストロ自ら指揮する公演(9/13&15)が演奏会形式で行われます。 このプロジェクトの醍醐味はやはり何と言ってもリハーサル。約1週間にわたって指揮受講生、若手奏者で構成された特別編成の「東京春祭オーケストラ」、そして「若い音楽家~」に出演する日本人ソリストたちをムーティ自ら指導、その様子は一般の方でも聴講できます。 今年のアカデミーの開幕に先立ち、若い音楽家による公演にガブリエーレ・アドルノ役で出演するテノールの石井基幾さんにインタビュー! 2023年に行われたvol.3の「若い音楽家による《仮面舞踏会》」でも主役・リッカルドを務めていた石井さん。当時の思い出やアカデミーの魅力を語ってもらいました。

――《仮面舞踏会》ではじめて「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」に参加されたとき、最初にどんな印象を受けましたか?
ムーティ先生は世界的なレジェンドなので、最初はとにかく緊張しました。一番指導を受けたのは言葉に関することです。どの言葉をどう引き立てるとどういった効果が出るのか。それぞれの言葉をどう紡げばいいのか。レガートについても随分いわれました。それを改善するのはかなり細かい作業でしたが、言葉のリズム感やつながり方を変えることで、はるかに深い歌になりました。結果として歌いやすくなるし、聴き手にとっても、より美しく説得力がある歌になるはずです。
――ムーティは昔から、楽譜に忠実に演奏すべきだと訴えています。
作曲家の意図を無視するな、というのがムーティ先生のメッセージです。そのためには自分の役だけ見ていてもだめ。オペラの物語全体を見通し、ほかの役も理解したうえで自分の役を掘り下げるように指導されます。大学では学べなかったことです。そうした過程を経て、リッカルドという役の声で歌えるようになったことは、なにより大きいです。

――たとえば楽譜で弱音が指定されていれば、ムーティは必ず演奏に反映させます。
はい。そうした姿勢は、歌手はもちろん、合唱やオーケストラにも徹底的に求められます。弱音を出す技術が必要だ、自分はまだ勉強が足りない、と自覚させられました。そういうことを忠実にこなすのが、ドラマを表現することなのだと知らされました。
――実際、ムーティがなにかをいうたびに音が変わるわけですよね?
ムーティ先生の言葉は一つひとつに圧倒されるし、腑に落ちます。歌手ばかりか指揮者もオーケストラもぐうの音も出ないまま、音が変わっていくんです。それを自分が体験するのも、間近で見るのも刺激的です。
――このアカデミーは「刺激と学びの坩堝」ですね。
あの水準の音楽が構築されるプロセスを聴けることで、音楽家としての感性がどれだけ刺激されることか、と思います。しかも、一般には自分と同じパートを、僕ならテノールばかりを聴きがちですが、このアカデミーでは、ほかの声種の歌手もオーケストラ奏者も指揮者も、それぞれなにを指摘されてどう変わるのかを確認できる場です。《仮面舞踏会》のとき、僕は学生を終えて3年目でしたが、キャリアを築く過程でこういう経験ができるのとできないのとでは、大きな差が出ると痛感しました。

©平舘平
――音楽を学んでいる学生さんなどにとっても必聴と言えそうです。
騙されたと思って聴きにきてほしいです。できることなら僕がお金を払ってでも、学生さんたちを呼びたいくらいです。自分の将来のためにも、絶対に来たほうがいいと思います。
――9月の《シモン・ボッカネグラ》を経て、石井さんの歌唱もさらに一歩深くなるのではないかと思います。
ガブリエーレ役は初挑戦ですが、《シモン・ボッカネグラ》という複雑な作品を、ムーティ先生から学びつつ、同時にお客様に楽しんでいただけるのは、すごい機会です。前回の学びを踏まえ、激しい音楽であっても抑えた深い表現をしなければ、と思っています。実は、《仮面舞踏会》のリハーサルでやってしまったんです。曲の最後に楽譜にない高音を付加して、しっかり注意されまして(笑)。
――アクロバティックな表現に頼らずに深く表現できる。そんな歌手になれそうですね。

©Tomoko Hidaki
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筆者自身このアカデミーを見学し、ムーティの言葉を受けて音も表現も如実に変わっていくのを何度も体験した。音にはきっと、作曲家が意図した理想の姿やあるべき場所がある。楽譜への深い理解と見識、経験に裏づけされたムーティの言葉は、演奏家たちを「ここだ!」という絶対的なポジションへと導く。それを目の当たりにするのは、ある意味、本番以上に刺激的だ。演奏家にとってはもちろん、見学者にとっても、オペラ作品や音楽の理解を深めるために、これ以上の場はないと痛感させられる。
取材・文:香原斗志
イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.5
ヴェルディ 歌劇《シモン・ボッカネグラ》
2025.9/2(火)〜9/15(月・祝)
♪公演スケジュール
リッカルド・ムーティによる《シモン・ボッカネグラ》作品解説
9/2(火)19:00 東京音楽大学 TCMホール(中目黒・代官山キャンパス)
◯出演
登壇:リッカルド・ムーティ
管弦楽:東京春祭オーケストラ 他
リッカルド・ムーティ presents 若い音楽家による《シモン・ボッカネグラ》(演奏会形式)
9/11(木)19:00 東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)
◯出演
指揮:イタリア・オペラ・アカデミー指揮受講生
シモン・ボッカネグラ(バリトン):栗原峻希
アメーリア(マリア)(ソプラノ):吉田珠代
ヤコポ・フィエスコ(バスバリトン):湯浅貴斗
ガブリエーレ・アドルノ(テノール):石井基幾
パオロ・アルビアーニ(バスバリトン):北川辰彦
ピエトロ(バス):片山将司
隊長(テノール):大槻孝志
侍女(メゾソプラノ):小林紗季子
管弦楽:東京春祭オーケストラ
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:仲田淳也
リッカルド・ムーティ指揮《シモン・ボッカネグラ》(演奏会形式)
9/13(土)15:00、9/15(月・祝)19:00 東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)
◯出演
指揮:リッカルド・ムーティ
シモン・ボッカネグラ(バリトン):ジョルジェ・ペテアン
アメーリア(マリア)(ソプラノ):イヴォナ・ソボトカ
ヤコポ・フィエスコ(バス):ミケーレ・ペルトゥージ
※イルダール・アブドラザコフより変更(9/3主催者発表)
ガブリエーレ・アドルノ(テノール):ピエロ・プレッティ
パオロ・アルビアーニ(バスバリトン):北川辰彦
ピエトロ(バス):片山将司
隊長(テノール):大槻孝志
侍女(メゾソプラノ):小林紗季子
管弦楽:東京春祭オーケストラ
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:仲田淳也
♪リハーサルスケジュール
第1日(オーケストラ/ソリスト・ピアノ)
9/3(水)10:30~19:00 東京音楽大学 TCMホール(中目黒・代官山キャンパス)
第2日(オーケストラ/ソリスト・ピアノ)
9/4(木)10:30~19:00 東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)
第3日(オーケストラ/合唱・ピアノ)
9/5(金)10:30~19:00 東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)
第4日(オーケストラ&ソリスト&合唱)
9/7(日)10:30~17:00 東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)
第5日(オーケストラ&ソリスト&合唱)
9/8(月)11:00~17:30 渋谷区文化総合センター大和田 4階 さくらホール
第6日(オーケストラ&ソリスト&合唱)
9/9(火)10:30~17:00 渋谷区文化総合センター大和田 4階 さくらホール
ゲネプロ(若い音楽家による公演)★
9/10(水)15:00 東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)
ゲネプロ(リッカルド・ムーティによる公演)★
9/12(金)15:00 東京音楽大学 100周年記念ホール(池袋キャンパス)
アカデミー聴講生:8/27(水)まで受付中
一般聴講生:通し券&各日券 チケット発売中(★=通し券でのみ聴講可能)
問 イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 チケットデスク050-3498-1053
https://www.tokyo-harusai.com/academy_2025


