
〈平城山〉〈ゆりかご〉〈とんぼのめがね〉などの歌曲で知られる平井康三郎は、軍歌をのぞくあらゆるジャンルに5000曲以上の作品を残したといわれている。そんな平井の名を冠した「平井康三郎声楽コンクール」が、今年第5回を迎える。実行委員長を務めるのは、平井の孫で指揮者・作曲家の平井秀明だ。
「幅広い年代の方にご参加いただいていますが、特に最近では若い世代の参加が増えています。私たちはこのコンクールが日本歌曲に触れるきっかけになれば、という思いを持っていますが、音大に入学した頃から日本歌曲を学ぶ学生さんが増えていること、またこのコンクールに参加したことがきっかけで日本歌曲のレパートリーを広げていく参加者がいるということもたいへん励みになっています」
コンクールは第1次予選、第2次予選、本選と課題曲(全て平井康三郎作品)が設定されているが、最近では、一般にはあまり知られていない埋もれた名作を選ぶコンテスタントも増えてきているのだという。中には、現在では楽譜が入手困難な作品もあるため、実行委員会会長でチェリストでもある父・平井丈一朗を中心に、楽譜の復刻出版も進めているそうだ。
「日本語の歌曲は難しい」というのはプロの声楽家からも聞かれることだが、平井は日本歌曲の重要性についてこう述べる。
「日本語の歌曲は、外国語と比べて、言葉に宿る感情が聴き手の心に直接響いてくるような表現が可能だと思います。一つひとつの音に深い意味が込められており、日本語を極めることで日本人ならではの歌唱表現ができるのではないでしょうか」
全国各地から応募者が集まってくるため、今年から第1次予選は東京・関西の他に中部での開催もスタート。参加人数の増加に伴い、コンテスタントのレベルも上がっている。
「第2次予選では誰が本選に進んでもおかしくないほど高いレベルの演奏が繰り広げられ、審査は困難を極めます。そうした中から本選を勝ち抜いたファイナリストの皆さんには記念コンサートに出演してもらいます。コンサートの前には希望者には個別に歌唱指導を行いますし、その後も様々なコンサートへの出演をオファーするなど、入賞者への積極的なバックアップ体制をとっています。今年5月に、岡倉天心が英語で書いた台本に私が作曲したオペラ《白狐》日本語版のアメリカ初演をニューヨークで行ったのですが、そこにコンクールの入賞者であるバリトンの長冨将士さんを抜擢し現地でも好評でした」
平井康三郎という日本屈指の歌曲作曲家を軸として、そこから世界に羽ばたく声楽家を生み出している本コンクール。出場者の応募は7月31日まで。今年はどんな逸材が登場するのか、とても楽しみだ。
取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ2025年8月号より)
第5回 平井康三郎声楽コンクール
第1次予選(非公開) 2025.9/24(水)〜10/2(木) 東京・名古屋・京都
第2次予選 10/8(水) 東京/梅窓院・祖師堂
本選 10/16(木) 渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール
入賞記念コンサート 11/7(金)18:30 梅窓院・祖師堂
問:「平井康三郎声楽コンクール実行委員会」事務局03-6403-9846
https://www.arioso.co.jp/vocal-competition

室田尚子 Naoko Murota
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京科学大学・昭和音楽大学非常勤講師。NHK-FM「オペラ・ファンタスティカ」レギュラー・パーソナリティ。オペラを中心にアーティストのインタビューや演奏会の紹介記事、エッセイなどを手がけるほか、ミュージカル、ロック、少女漫画などのジャンルでも執筆活動を行なっている。著書に『オペラの館がお待ちかね』(清流出版)、共著に『ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』(青弓社)など。

