
右:小倉貴久子
高崎芸術劇場で大友直人芸術監督がプロデュースする「T-Masters」シリーズのvol.10は、ガット弦チェロの鈴木秀美とフォルテピアノの小倉貴久子の共演。「Masters(大家たち)」という複数形の名にふさわしく、大家二人の登場だ。
そして二人がいずれも「開拓者」としての歳月を経てここに至ることも感慨深い。鈴木秀美は半世紀前から、歴史的アプローチでの演奏を実践してきた。ガット弦、反りの少ない弓、エンドピンなしなど楽器のセッティングはもちろん、楽譜を読み直し「伝統」の埃を取り払う—それが単なる復古主義ではなく、作曲家の本来の意図を蘇らせ、楽曲が新たな生命を持つためであることは、その雄弁にして繊細な演奏が示している。近年は指揮者としても大活躍だ。
同じことは小倉貴久子にも言えるだろう。1993年、95年ブルージュ古楽コンクールでの鮮烈な1位受賞以来、初期フォルテピアノから19世紀末のエラールに至るまで、歴史的鍵盤楽器がそれぞれの時代の「正解」であったことを生命力あふれる演奏で証明してきた。今回小倉は晩年のベートーヴェンもその楽器を愛用したピアノ・メーカー、ブロードウッドが1800年頃製作した楽器(太田垣至修復)を使用。
二人が共演し始めたのは比較的近年だが、必然の出会いというべき説得力とスリルを備えた二重奏を展開する。今回の曲目はベートーヴェン壮年期のチェロ・ソナタ第3番、そして後期の深遠な世界への入口に立つ第4番、第5番。まさに「Masterpieces」3曲での共演だ。
文:矢澤孝樹
(ぶらあぼ2025年8月号より)
高崎芸術劇場 大友直人 Presents T-Mastersシリーズ vol.10
鈴木秀美 チェロ・リサイタル
2025.9/18(木)15:00 高崎芸術劇場 音楽ホール
問:高崎芸術劇場チケットセンター027-321-3900
https://takasaki-foundation.or.jp/theatre/

矢澤孝樹 Takaki Yazawa
1969年山梨県塩山市(現・甲州市)生。慶應義塾大学文学部卒。水戸芸術館音楽部門主任学芸員を経て現在ニューロン製菓(株)及び(株)アンデ代表取締役社長。並行して音楽評論活動を行い、『レコード芸術online』『音楽の友』『モーストリークラシック』『ぶらあぼ』『CDジャーナル』にレギュラー執筆。朝日新聞クラシックCD評選者および執筆者。CD及び演奏会解説多数。著書に『マタイ受難曲』(音楽之友社)。ほか共著多数。

