INTERVIEW 坂入健司郎(指揮)――新年の初舞台は自らの“源流”たるオーケストラとともに

 坂入健司郎――全国各地のプロオーケストラへの客演を重ね、クラシック・ファンから注目を集める気鋭の指揮者だ。今年もNHK交響楽団との初共演、大阪交響楽団とのブラームス・ツィクルスの完結をはじめ、多くの話題を呼んだ。
 そんな坂入が2025年の幕開け、1月4日に指揮するのは、08年に自ら旗揚げし、音楽監督を務める「東京ユヴェントス・フィルハーモニー」。母校である慶應義塾の高校生・大学生を中心に結成、卒業してから約10年間、サラリーマンと指揮者の二足の草鞋を履く(!)なかでも、活動の中心であり続けた楽団だ。
 新たな年、自らの原点とも言えるオーケストラとともに挑む初舞台――その意気込みを訊いた。
坂入健司郎 ©Taira Tairadate
――まず、立ち上げ当初の思い出をお話しいただけますか?

 大学2年生(19歳)の時に立ち上げたので、当初は右も左もわからないことばかりでした。初回の演奏会では、ついてくれるはずだったスポンサーとの折り合いがつかず、立ち上げた仲間たちとカンパを募って自主運営の道を選びました。

 2回目の演奏会を企画しているとき、向こう見ずだった私は、イェルク・デームス氏(オーストリア出身の世界的ピアニスト)のサイン会に並んで「私たちのオーケストラと共演してください!」と頼み込んだところ、驚くことに出演を承諾してくださいました。しかし、演奏会の約1週間前に東日本大震災が発生。それでも、デームス氏はオーストリア政府の渡航自粛要請を振り切って来日してくださったのです。余震や、原発問題、計画停電など様々な不安を抱える中、私は団員ひとりひとりのお宅に電話して、演奏会を開催する判断をご承諾いただけるよう説明し、決行にこぎ着けることができました。

 ほとんどの演奏会が中止となるなか、音楽を求めて急遽駆けつけてくださったお客様や、演奏に参加してくれた団員たちとのつながりは今でも強固なものがありますし、このときの「音楽を届けたい」という強い思いが、今の私を作り上げてくれたと思っています。

イェルク・デームスとの共演(第2回演奏会より)
――これまでの活動の中で、特に印象に残っている演奏会について教えてください。

 結成時には「慶應義塾ユースオーケストラ」と名乗って活動していましたが、自分が卒業してからは慶應義塾のOB・OGにこだわらず、様々な音楽経験を持つ方々と一緒に活動をしたいという思いで「東京ユヴェントス・フィルハーモニー」に改称しました。結成5周年を機に取り組んだブルックナー交響曲第5番では、「20代でブルックナーを演奏してはならない」と、一部でご批判をいただきながらも演奏の内容が反響を呼び、CD発売が決まるほどの演奏会になったことが忘れられません。

 また、結成10周年となる2018年に企画したマーラーの「千人の交響曲」は、合唱もオーケストラも公募して、ソリストも一人ひとりにオファーさせていただいた、まさに「ゼロから集める千人の交響曲」。生涯忘れられないです。そのときコンサートマスターを務めた青木尚佳さんが、結成15周年の2023年にはミュンヘン・フィルのコンサートマスターとして凱旋、ブラームスの二重協奏曲のソリストとして再び共演できたことも感慨深かったです。

右:青木尚佳(10周年記念演奏会より)
©Taira Tairadate
「千人の交響曲」(10周年記念演奏会より)
©Taira Tairadate
――坂入さんにとって、東京ユヴェントス・フィルハーモニーはどういう存在なのでしょうか。

 東京ユヴェントス・フィルを長年指導してくださっているコントラバスの先生が、演奏会を重ねるたびにどんどん実力をつけていくオーケストラの姿を見て「坂入くんが、さらに上の世界を見続けていないとオーケストラの成長は止まってしまうよ」と声をかけられたときが、私にとって「啐啄(そったく)の機」でした。すぐに、先生のお力添えをいただきながらプロフェッショナルの器楽奏者たちにお声がけして、プロオーケストラ「川崎室内管弦楽団」を立ち上げました。最初は運営も、練習の進め方も、これまでユヴェントスでやっていたプロセスではまったく歯が立たずに迷惑ばかりかけてしまいましたが、団員の皆様の優しさに支えられて「プロオーケストラを指揮すること」のいろはを教えていただきました。

 この川崎室内管弦楽団との演奏会が契機となって、朝日新聞の記事で特集していただいたり、日本コロムビアで「月に憑かれたピエロ」のレコーディングが実現したりといったことの積み重ねで今の自分があると思うと…… 東京ユヴェントス・フィルは私の音楽活動の「源流」といっても過言ではありません。

©Taira Tairadate
――では、次回の演奏会の聴きどころをお聞かせください。

 新年早々ニューイヤー・コンサートらしからぬ、バルトーク「中国の不思議な役人」とストラヴィンスキーの「春の祭典」という、20世紀における問題作を集結させたチャレンジングなプログラムをお届けします。また、中盤に取り上げるバーバーのヴァイオリン協奏曲では、ボストン交響楽団と共演を果たした若尾圭良さんが独奏を務め、御尊父であるボストン交響楽団のオーボエ奏者・若尾圭介さんも友情出演してくださる豪華な共演もあります。ワルツ、ポルカなどで彩るニューイヤー・コンサートも一興ですが、案外ヨーロッパでは大規模な演奏会で聴き初めという機会も多い。ぜひ日本でも、鮮烈な聴き初めを体感しにミューザ川崎シンフォニーホールへお越しください!

 彼らとは、結成5周年でブルックナーの交響曲第5番、結成10周年でマーラー8番、15周年でショスタコーヴィチとマーラーの7番を演奏してきました。20周年には、これまでのような「大きな交響曲」にこだわらず、みんなと経験したことがない音楽体験を模索し続けていこうと思います。具体的には、海外公演の実現や、オペラ上演なども計画中です。今後も東京ユヴェントス・フィルとの活動をお楽しみにしていただけたら幸いです。

©Taira Tairadate
【Profile】

坂入 健司郎(さかいり けんしろう)

神奈川県川崎市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。指揮を三河正典、山本七雄の各氏に、チェロを望月直哉氏に師事。また、指揮講習会等を通じてV.フェドセーエフ、飯守泰次郎、井上道義、井上喜惟、小林研一郎各氏の下で研鑽を積んだ。
2008年には東京ユヴェントス・フィルハーモニーを結成。J.デームス、G.プーレ、舘野泉など著名なソリストを迎え、一方、数多くの作品の日本初演・世界初演も行なっている。
16年、新鋭のプロフェッショナルオーケストラ・川崎室内管弦楽団の音楽監督に就任。
20年、日本コロムビアの新レーベルOpus Oneよりシェーンベルク「月に憑かれたピエロ」をリリース。他にも多くの録音を発表しており、「レコード芸術」誌の特選盤に選出されるなど高い評価を得ている。
これまでにモンテカルロ・フィル、読売日響、日本フィル、新日本フィル、シティ・フィル、神奈川フィル、仙台フィル、山形響、群馬響、名古屋フィル、セントラル愛知響、愛知室内、大阪フィル、大阪響、京都市響、兵庫芸術文化センター管、九州響などと共演。
24年5月、NHK交響楽団と初共演。「内容のある初共演」と「音楽の友」誌上で評された。

©Taira Tairadate

東京ユヴェントス・フィルハーモニー 第27回定期演奏会
2025.1/4(土)18:30 ミューザ川崎シンフォニーホール


♪出演
指揮:坂入健司郎
ヴァイオリン:若尾圭良☆
管弦楽:東京ユヴェントス・フィルハーモニー

♪曲目
バルトーク:中国の不思議な役人 演奏会用組曲
バーバー:ヴァイオリン協奏曲☆
ストラヴィンスキー:春の祭典

問:東京ユヴェントス・フィルハーモニー tokyo.juventus.orchestra@gmail.com
https://tokyojuventus.com