ヴェルディを彷彿とさせるドニゼッティ円熟の傑作がいま!
貞淑な人妻が、横恋慕して断られた男の逆恨みによって、無実のまま命を落とす。《オテッロ》のデズデーモナにも通じる悲劇のヒロインで、ダンテの『神曲』に登場する「トロメイ家のピーア」を描いた《ピーア・デ・トロメイ》である。《ランメルモールのルチア》から2年足らずの、1837年2月に初演されたドニゼッティ円熟期の傑作で、ドラマティックで簡潔な音楽は随所でヴェルディを思わせる。
藤原歌劇団が創立90周年記念にNISSEY OPERAとのコラボレーションで届ける舞台は、11月22日より上演される。伊藤晴がピーア役を歌う22日&24日組のゲネラルプローベ(最終総稽古)を取材したが、音に、色彩に、明暗に、ドニゼッティがたどり着いたロマン主義の極点が表現されていた。
(2024.11/20 日生劇場 取材・文:香原斗志 写真:長澤直子)
ごく短い前奏曲からすぐに合唱に移ってドラマが動き出す。ドニゼッティはこの作品で、旧来のオペラの形式から逸脱し、単純なアリアよりも重唱を重視して、さらには、劇的なレチタティーヴォや合唱も加わった「シェーナ」(英語の「シーン」)によってオペラを構成している。そして、伸びやかな旋律のなかに人物の感情を解き放つより、もっと簡潔な音楽のなかで言葉の抑揚やアクセントを際立たせて劇的な感情を浮かび上がらせる。「ベルカント・オペラ」に冗長さを感じる人は、《ピーア》の簡潔でシャープな表現に膝を打つのではないだろうか。
まず、新日本フィルハーモニー交響楽団を指揮する飯森範親が、このオペラの特性をよく引き出していた。「ベルカント・オペラ」のイメージに引きずられ、旋律美にこだわりすぎると、場面や心情の激しさを表すアクセントがおろそかになる。その点、飯森の指揮は旋律美と、ドラマティックな表現、そして推進力とのバランスが取れていた。のちのヴェルディにつながる旋律を包含するベルカントであることが、聴き手に伝わる音楽だった。
演出はイタリアのマルコ・ガンディーニ。すぐれているのは、人物の動きが劇的でありながら音楽と連動しており、聴こえるものと見えるもののあいだに齟齬がないことだ。舞台美術や衣裳、照明も音楽の色彩と重なっているので、ストレスがないのはもちろん、音楽劇としての統一感がある。
劇的なベルカントを表現できる歌手たち
あらためてごく簡単にあらすじを記すと――。ピーアは、マレンマの領主ネッロが敵対していたトロメイ家から迎えた貞淑な妻。彼女に横恋慕するネッロの従弟ギーノは、拒まれた腹いせに彼女の不実をネッロに告発、ネッロは妻を牢に入れ、殺すように指示する。しかし、ピーアが「密会」していたのは彼女の弟ロドリーゴだった。ギーノは死ぬ前にピーアの無実をネッロに伝え、ネッロは彼女を救おうとするが、間に合わなかった。
ピーア役はソプラノ・ドランマティコ・アジリタ、つまり、小さな音符の連なりを敏捷に歌うアジリタができるドラマティックなソプラノの役。伊藤晴の声には豊かな響きと強さがあるので、この役を歌って無理がない。たとえば、囚われている弟を思って歌う登場のアリア。前半のカンタービレでは彼女の純粋さが表現されるが、後半では次第に気持ちが高ぶってくる。そうした心の動きも、跳躍や下降、激しいアジリタを加えながら表現された。
彼女に想いを寄せるギーノ役は藤田卓也。冒頭の実質的なアリアから、その暗い情熱がスタイリッシュに表現された。適度にドラマティックな声でありながら、流麗に歌えるのがいい。第2幕の、ピーアに自分の愛を受け入れるように迫り、彼女の「密会」相手が弟だと知らされる二重唱は、声に自在に強弱をつけ、屈折した心情が真実を知って変化する様子もたくみに描かれた。
ヴェルディのオペラにおけるバリトン役の走りというべきネッロは、井出壮志朗が歌った。美しい低声による端正な歌唱で、第2幕のアリアでは、妻が無実と知らされて感じるよろこびと、死を命じてしまったことによる絶望とが混然となった心情が、重層的に歌われて聴き応えがあった。
第1幕のコンチェルタートの、次第に声の厚みが増してクレッシェンドしていく音楽作りの、ドラマトゥルギーへの整合性と、耳への心地よさ。ピーアのアリア・フィナーレにおける、悲痛さを浮き彫りにする絶妙な管弦楽。飯森の指揮棒さばきは最後まで冴え、美しい悲しさを届けてくれた。
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Information
藤原歌劇団創立90周年記念公演 NISSAY OPERA 2024
ドニゼッティ《ピーア・デ・トロメイ》ニュープロダクション
(字幕付き原語[イタリア語]上演)
2024.11/22(金)、11/23(土・祝)、11/24(日)各日14:00 日生劇場
指揮:飯森範親
演出:マルコ・ガンディーニ
出演
ピーア:伊藤晴(11/22, 11/24) 迫田美帆(11/23)
ネッロ:井出壮志朗(11/22, 11/24) 森口賢二(11/23)
ギーノ:藤田卓也(11/22, 11/24) 海道弘昭(11/23)
ロドリーゴ:星由佳子(11/22, 11/24) 北薗彩佳(11/23)
ランベルト:龍進一郎(11/22, 11/24) 大澤恒夫(11/23)
ウバルド:琉子健太郎(11/22, 11/24) 西山広大(11/23)
ピエーロ:相沢創(11/22, 11/24) 別府真也(11/23)
ビーチェ:黒川亜希子(11/22, 11/24) 三代川奈樹(11/23)
牢番:濱田翔(全日)
合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp
https://www.jof.or.jp/performance/2411-pia