イルデブランド・ダルカンジェロ(バスバリトン)

メフィストフェレスという悪魔は常に優雅でなければいけない

 オペラ史上屈指の大ヒット作であり、グノーの甘い調べと「愛嬌ある敵役」メフィストフェレスの男の色気が際立つ《ファウスト》。9月にアントニオ・パッパーノ率いる英国ロイヤル・オペラ日本公演でこの悪魔役を演じる美男のバスバリトン、イルデブランド・ダルカンジェロが、音楽とドラマの魅力を語ってくれた。

「メフィストフェレスの複雑さ、特に歌唱面での複雑さは、本当に見事に作られたものです。暗くて悪魔的な声音を要する一方で、人間を巧みにからかうための明るい声音も要求されます。ベルリオーズの《ファウストの劫罰》の悪魔に比べると、グノーのそれはもっと俗っぽく、より現実的なキャラクターでもあります」

 その「現実味ある悪魔」の個性を活かすのが、鬼才演出家デイヴィッド・マクヴィカー。メフィストフェレスに女装までさせるきわどさが、ファンの話題を集めている。
「マクヴィカーの演出は気に入っています。メフィストフェレスも様々な衣裳を身に纏いますが、(その奇抜さを含めて)登場人物全員が非常に分かりやすく描かれます。こうした具体的な演出なら、歌手の側も役柄になりきれるのです。ゲーテの『ファウスト』を原作とするオペラでは、ボーイトの《メフィストーフェレ》も歌いましたが、率直なところ、グノーの悪魔役が最もロマンティックで最も人間的ですね」

 ここで、オペラの音楽的&演劇的な特徴をメフィストフェレス役と絡めて。
「ヒロインを責める“教会の場”が一番好きです。言葉を超えて、ただ心に響きます。コントラバスが三連符を奏でる時、暗黒面がいかにパワフルであるかが表現されます…。メフィストフェレスは、心のすべての色合いと明暗、ジョーク、アイロニーや気怠さなどあらゆる要素を身体と声で表しながら、ゲームをしているかのような軽やかさも見せねばなりません。有名な〈セレナード〉など、冗談を言っているようでいて、無情な、見て見ぬふりの雰囲気も出す必要があります。また、この悪魔は常に優雅でいなければならない。彼の歌は決して野蛮ではありません。彼は、ファウストに仕えるかのように見せながら、実は操ってゆくといった、物語の演出家の如き立場も有しています」

 最後に、日本のファンにメッセージを。
「30年近くマエストロ・パッパーノとお仕事をしてきました。彼の人柄と芸術性を尊敬しています。ロイヤル・オペラは私にとって自宅のように居心地の良いところです。世界最高峰の歌劇場の一つである英国ロイヤル・オペラと共に、日本の皆さまに最高の舞台をお届けできるよう、いまからエネルギーを貯めています!」
構成・文:岸 純信(オペラ研究家) 取材協力:日本舞台芸術振興会
(ぶらあぼ2019年8月号より)

英国ロイヤル・オペラ 2019年日本公演
《ファウスト》
2019.9/12(木)18:30、9/15(日)15:00、9/18(水)15:00 東京文化会館
9/22(日)15:00 神奈川県民ホール

《オテロ》
2019.9/14(土)15:00、9/16(月・祝)15:00 神奈川県民ホール
9/21(土)16:30、9/23(月・祝)16:30 東京文化会館

問:NBSチケットセンター03-3791-8888 
https://www.nbs.or.jp/
※ダルカンジェロは《ファウスト》のみ出演します。各公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。