ネルソン・フレイレ(ピアノ)

円熟のピアニズムがもたらす香気

 ネルソン・フレイレの同世代にはデュオでの競演も多いアルゲリッチの他、バレンボイムやゲルバーと南米出身者だけでも豪傑ピアニストがずらりと並ぶ。彼らに匹敵する実力を認められながら、しかしフレイレはスターの輝きから一歩下がったところで、静かにほほ笑んでいる人という印象があった。派手さや技巧ではなく、ちょっと絞った慈しむような演奏からそんな人柄が想像されたのである。
 今回のリサイタルは2014年の久々の来日に続くものだが、そんな彼のスタイルが広い共感を呼ぶきっかけになるのではないか。筆者も改めて近年のディスクなどを聴きなおし、70歳を超える老境に入り本当にいい感じに熟してきたと思った。ショパンの夜想曲や子守歌の密やかなパッセージから立ち上る香気はフレイレでしか聴けないものだし、バッハのパルティータや組曲はアプローチの引き出しが多く飽きることがない。ダイナミックなフレーズも勢いに任せるのでなく、バランスを保ちながら温かく脈打たせる。そこに流れているのは、年輪を重ねてきた人の揺るぎない確信だ。
 今回も冒頭にバッハのコラール3曲を置き、祈りのように始まる。落ち着いた調べに導かれ清らかに迎えるシューマン「幻想曲」、ショパン「ピアノ・ソナタ第3番」の2曲はフレイレの本領レパートリーだから要注目だ。ロマンティシズムとポエジーが堪能できそうだが、その間にドビュッシー「子どもの領分」がちょこんと挟まれているのが、なんだかかわいらしい。円熟のピアニズムが紡ぎ出す音の豊かな表情を愉しみたい。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ 2017年6月号から)

7/4(火)19:00 すみだトリフォニーホール
問:トリフォニーホールチケットセンター03-5608-1212
http://www.triphony.com/