interview & text:オヤマダアツシ
photos:Sei Kishinami/Tokyo MDE
クラシック音楽界やクラシックファンのみならず、大きな話題を呼んでいる映画『蜜蜂と遠雷』(恩田陸原作、2019年10月4日公開)。国際ピアノ・コンクールを舞台とし、才能豊かな音楽家の卵たちを描いていくこの作品だが、それだけに演奏される音楽の存在が重要な位置を占める。メガホンをとったのは、日々の中で罪を犯す人々を不思議な静けさと共に描き出していく映画『愚行録』(17年公開、出演:妻夫木聡、満島ひかり)で注目された石川慶監督。「映像化は不可能だと言われた傑作」という言葉が宣伝コピーとしても踊るこの映画を、どのように撮ったのか。その過程などをうかがった。
──原作者の恩田陸さんが「映像化は無謀、そう思っていました」とおっしゃっているほどハードルが高いお仕事だったと思いますが、どういったところが難しかったのでしょうか。
まず原作の小説を拝読して、抜群に面白いなと思いました。音を一切聴かせずに読者の想像力で音楽を響かせるという醍醐味がありますし、同じストーリーの中でその音楽を実際に聴いたとしても、読んだ後の感動と映画として観た後の感想はまったく違うものになってしまいますから、負け戦に臨むような気さえしていました。結果的には、映画でしかできない表現で、しかも音楽面も妥協をしていない作品になったと思います。
──ピアニストの演奏する姿には一流アスリートのような美しさがあると思いますし、音楽と連動した動きや表情など、映像的にキャッチーな面もたくさんあります。どのように撮影をされましたか。
演奏シーンというよりアクションシーンを撮影しているような気分でした。撮影を前にどういったフレーム(アングル)で撮ろうかと考えていたとき、参考までにいろいろなピアニストの映像を観たのです。そうしたらピアノという大きくて黒い“箱”の存在が圧倒的で、どの映像も4パターンくらいのフレームで撮影されていたので、そこでも難しさを感じていました。
そうした中でスタッフと考えたのは、単にピアノを弾いている姿を撮影するのではなく、彼または彼女がどういうキャラクターでどういう戦い方をするのかということが伝わらないといけない、そこにどんな物語があるのかということを描かないといけないということだったのです。僕はすべてのスタッフを集めた会議の中で『これは音楽映画で、台本に書かれていることは全体の7割。あとの3割は楽譜の中に物語がある』と話したのですが、演奏しているシーンにもそれぞれの物語があるということを認識しないと、この作品は成立しないなと思いました。
──栄伝亜夜や風間塵ほか、主役となる4人もそれぞれ個性的ですが、彼らの描き分けはどのようにされましたか。
ピアニストは椅子の高さひとつをとっても個性がありますし、演じていただいた俳優さんたちとそのキャラクターに合った弾き方、見せ方を追求しました。実はシナリオが固まる前に4人のピアニストの方たちにインスピレーション・アルバムとなる演奏を収録していただき、俳優さんたちにもスタジオへ来ていただいたのです。僕は今回、ピアニストの方たちも映画のキャスティングの一部だと思っていて、演技の参考にさせていただいたことがいろいろありました。
──なにかユニークな発見はありましたか。
亜夜の演奏をしていただいた河村尚子さんは、収録に自分の水筒を持参されていたので、亜夜にも水筒を持たせるという着想にいきつきました。また、マサルの演奏をしている金子三勇士さんが長い手を大きく広げるような演奏をされていたので、マサルが翼を広げるように演奏するイメージが浮かび、その姿が映えるように上からのフレームで撮影しています。
「春と修羅」を作曲してくださった藤倉大さんにも、マサルのカデンツァは両手を大きく広げる姿が美しく見えるように書いてくださいとお願いしたほどでした。この映画はいろいろなものが呼応し合いながら重層的にできあがっていて、非常に密度の高い作品になっています。
【参考動画】「春と修羅」(藤倉大作曲)特別映像
──風間塵を演じた鈴鹿央士さんは新人ですが、お選びになった決め手はどこだったのでしょうか。
オーディションで選んだのですが、まさに風間塵そのものが現れた!と思ったのです。演技経験もまったくなく、オーディション自体がこれで2つめくらいだというし、演技が上手な人は他にもいました。でも、その得体の知れない感じに捨てきれない魅力があり、スタッフの中からはリスクがあり過ぎるという意見も出て賛否両論だったのです。でも突然現れて、みんなが『なんだこれは!』と驚いた感じって、原作の最初にある風間塵の登場シーンと同じじゃないですか。あの予選のシーンがそのまま再現されているように思えて、彼に決めたのです。
──映画が完成した今、監督ご自身が特に好きになった曲はありましたか。
そうですね…。「春と修羅」の明石バージョンは心に残っています。僕は、作曲者の藤倉さんを除けば「春と修羅」をいちばん聴いていると思いますが、その中でも福間洸太朗さんがお弾きになった明石バージョンは、自分の中にある何かにそっと触れてくるような感じをおぼえました。4人のバージョンもそれぞれ違ったキャラクターをもっていますので、ぜひ聴きくらべなどを楽しんでいただけるとうれしいです。
profile
石川 慶(Kei Ishikawa)
1977年6月20日生まれ、愛知県出身。ポーランド国立映画大学で演出を学ぶ。2017年に公開した『愚行録』では、16年ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出されたほか、新藤兼人賞銀賞、ヨコハマ映画祭、日本映画プロフェッショナル大賞では新人監督賞も受賞。その他の主な映画監督作には短編『点』(17)がある。
Information
映画『蜜蜂と遠雷』
2019.10/4(金)全国公開
原作:恩田 陸「蜜蜂と遠雷」(幻冬舎文庫)
監督・脚本・編集:石川 慶
出演:松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士(新人)
配給:東宝
Ⓒ2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
https://mitsubachi-enrai-movie.jp/