INTERVIEW 沖澤のどか 
サイトウ・キネン・オーケストラと小澤征爾ゆかりの「トゥランガリーラ交響曲」に挑む

Nodoka Okisawa
セイジ・オザワ 松本フェスティバル 首席客演指揮者

 松本の夏が、沖澤のどかとサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)を待っている。昨年のブリテンのオペラ《夏の夜の夢》が美しい余韻を残すなか、この夏も20世紀の名作からメシアンの壮大な「トゥランガリーラ交響曲」に取り組む。

 「ほんとうは、指揮はいまだにそこまで好きではないですね。音楽の手段のひとつがたまたま指揮になったという感じで」。沖澤がそう静かに話していたのは、ブザンソン国際指揮者コンクール優勝から程ない頃のこと。数年のうちにも、ベルリン・フィルでキリル・ペトレンコの助手や代役を務め、23年春から京都市交響楽団常任指揮者を担うなど、内外で躍進を遂げてきた。いっぽうで、故郷の青森県に昨年「青い海と森の音楽祭」も起ち上げた。

 「指揮が音楽の方法のひとつだというスタンスは特に変わってないです。ただ、2022年《フィガロの結婚》での初共演の後、小澤先生の楽屋に招かれて『サイトウ・キネンをよろしく』と直接言われたとき、『ああ、もう指揮をやめられなくなった』と強く思いましたね。そこで腹をくくりました」と朗らかに笑う。

 「あまり緊張するタイプでもなく、音楽をやりたいままに続けてきたと思ってたんですけど、サイトウ・キネンを目の前にしたときは、ひどく緊張しました。小澤征爾という存在が強く意識されて、『ここに本当に自分がいま立っていいんだろうか?』という思いに苛まれまして。でも、序曲を一振りしたら、出てきた音がまっすぐだったので、『この人たちが必要だと思ってくれたんだったら、いまの自分にできることがなにかあるんだろう』というふうに気持ちを転換できた。産後で心身ともにきつい時期でしたけれど、『うわ、生きてる。生きててよかった!』と思いました」

 モーツァルトの《フィガロの結婚》でのしあわせな出会いから、2024年には首席客演指揮者を託され、お披露目となるメンデルスゾーンとリヒャルト・シュトラウスに加え、急な代役で臨んだブラームスの交響曲第1番と第2番も綿密に結実させていった。

 「ブラームスの特に1番は小澤先生が大切にされていた曲で、サイトウ・キネンの音を教えてもらえる良い機会でした。技量、馬力、あとは余裕。スーパースターたちならでは懐の深さ。そして、松本の街全体が歓迎してくれるあの空気感は他にないと思います。私のなかでは、サイトウ・キネンは自分の日本での活動と欧米での活動のまんなかに在るという意識がとても大きいです」

 小澤征爾がメシアン立会いのもとボストン交響楽団と名盤も残した「トゥランガリーラ交響曲」への期待も自ずと熱く高まるところだ。昨年11月、沖澤が同楽団を指揮した折には、所蔵された小澤の同曲スコアをじっくりみる機会もあった。

 「最後のページがおかしくて、『メシヤンさがせ』って鉛筆で書いてある(笑)。曲を終えたとき、客席にいるメシアンを探すのを忘れないように。とても人間らしく、小澤先生らしくて、すごく共感します。『トゥランガリーラ』は小澤先生の十八番ですが、意外にもサイトウ・キネンとはやっていない。ほんとうに緻密でありながら、大きな流れを生み出せるオケなので、もってこいだと思います。かなり濃い色、極彩色でさらに金色が混ざったような色も出せるし」

 指揮をするのは初めてだが、演奏会をみつけては聴いてきた大切な作品である。

 「ドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》と、『トゥランガリーラ』は、私がどうしようもなく、とり憑かれたように好きな二大曲。メシアンは共感覚がありますが、私も実はあるんです。トゥランガリーラの愛の基本になっている嬰へ長調だと、大きな芍薬の花がふわーって咲くみたいな、粉っぽくて噎せ返る匂いや色の感じ。これがサイトウ・キネンなら出せるだろうし、務川慧悟さんのピアノも特に音色が豊かで、オンド・マルトノにはこの曲を何度となく演奏されてきた原田節先生がいらっしゃるから」

 メシアンの鮮烈な光彩の先に、SKOではどのような冒険が重ねられていくのだろう? 

 「『オペラとシンフォニーを』という小澤先生の言葉はそのまま大事にしていきたい。小澤先生が大切にされていたレパートリーと、振られなかったレパートリー、そのどちらもやっていくべきだと私は思っています」

取材・文:青澤隆明
(ぶらあぼ2026年6月号より)

2026セイジ・オザワ 松本フェスティバル
2026.8/16(日)〜9/2(水) キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)、松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール) 他


オーケストラ コンサート Aプログラム(指揮:沖澤のどか)
8/22(土)、8/23(日)各日15:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)


オーケストラ コンサート Bプログラム(指揮:フランソワ=グザヴィエ・ロト)
8/29(土)、8/30(日)各日15:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)

ふれあいコンサート
I. 8/25(火) II. 8/28(金) III. 9/2(水)各日18:30 松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)

OMF室内楽勉強会〜木管アンサンブル〜 
8/16(日)15:00 松本市あがたの森文化会館 講堂


5/23(土)発売 5/16(土)〜先行販売あり
問:セイジ・オザワ 松本フェスティバル実行委員会0263-39-0001 
https://www.ozawa-festival.com
※フェスティバルの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。


青澤隆明 Takaakira Aosawa

書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。『ショスタコーヴィチを語る』(青土社)で、亀山郁夫氏と対談。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
https://x.com/TakaakiraAosawa