
鬼才率いる精鋭集団、そのヴェールがついに解かれる
この11月、テオドール・クルレンツィスが日本にやって来る。現代において最も議論を呼ぶ指揮者の一人である彼が、聴衆を熱狂の渦に巻き込んだ2019年のムジカエテルナとのツアー以来の再来日を果たすとなると、これはもう事件と言っていいだろう。
今回クルレンツィスが率いるのが、ユートピア管弦楽団。このオーケストラについては説明が必要だろう。2022年10月に最初のコンサートが行われた若い楽団ということもあって、日本ではまだヴェールに包まれた存在だからだ。
「ユートピア」(理想郷)と名付けられているとおり、クルレンツィスの理想主義から生まれたプロジェクトといえる。彼はこう語る。「どのオーケストラにも、熱意に欠ける人がいる一方で、音楽に取り組む意欲に満ちた特別な人々もいます。そして、彼らこそが違いを生み出すのです。世界最高のオーケストラから集まり、その熱意を持ち寄った人々だけで構成され、特別なエネルギーに満ちたオーケストラを作りたかった」と。
実際、「理想郷」に近づけるためのコンセプトは徹底している。世界数十ヵ国からのオーケストラのトップ奏者ばかりを──それも時間で働く音楽家ではなく、共通の夢に駆り立てられた探究者たちを──プロジェクトごとに集め、徹底的にリハーサルを重ねて作品の本質を追求しようとする。組織的、財政的、運営上のいずれにおいても、他のいかなる団体や機関からも独立し、ベルリンに拠点を置く非営利団体によって運営されている、等々。
論議を呼ばないわけではない。それはギリシャ出身のクルレンツィスがロシアで長く活動してきたこと。ロシアによるウクライナ侵攻後、彼が創設したムジカエテルナへのロシア資金の影響が疑われた後にユートピア管が設立されたことと関係している。実際、ヨーロッパ内において公演がキャンセルになった例もあった。
その一方、クルレンツィスとユートピア管が芸術面でめざましい成功を収め、話題を集めてきたことに疑いはない。例えば、彼らが活動拠点を置き、定期的に登場しているのがベルリンのフィルハーモニー。2024年5月のブルックナーの交響曲第9番を中心とした公演では、「クルレンツィスとユートピア管はブルックナー『第九』を痛みの限界まで奏で、大歓声を浴びた」(『ベルリン・モルゲンポスト』紙)。コントラバス10本の大編成に加え、メンバーが主に立って演奏する独自のスタイルで、視覚的にも大きなインパクトをもたらした。ザルツブルク音楽祭には、2023年にパーセルのオペラとモーツァルトのハ短調ミサ曲でデビューし、瞬く間にこの夏のフェスティバルの常連となっている。
このコンビに興味を抱いた方は、「一体どんな演奏をする人たちなのか」と録音や動画投稿サイトをチェックしようと思われたかもしれない。ところが、これがまた一筋縄ではいかない。クルレンツィスは最近自主レーベルを立ち上げたが、新しい団体ゆえ本格的なリリースはこれからのようだ。また、一部のプロモーション動画を除いて、ネット上に公開されている映像もごくわずか。ライブ体験を重視し、音楽は単なる消費の対象ではないというユートピア管のメッセージなのだろうか。
このクルレンツィスとユートピア管が現実に来日するとなれば、これはもう聴き逃せないだろう。しかも、プログラムは、若き天才のダニエル・ロザコヴィッチを独奏に迎えたショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番と、ストラヴィンスキーの「春の祭典」という強力なカップリング。前者はショスタコーヴィチが政治的に最も困難な時期に書かれた傑作であり、政治的発言を控えているクルレンツィスがこの協奏曲を選んだことに深い意味を感じてしまう。
「春の祭典」への期待については言うまでもないだろう。クルレンツィスとユートピア管が謎めいたヴェールをはがしたときに姿を現すのは、聴き手が経験したことのないエネルギーか、この上ない魅惑か、はたまたスキャンダルか……。ひょっとしたら、現代における音楽のあり方をも問いかける来日公演になるかもしれない。
文:中村真人
(ぶらあぼ2026年6月号より)
テオドール・クルレンツィス(指揮)
ユートピア管弦楽団
出演/テオドール・クルレンツィス(指揮) ユートピア管弦楽団
ダニエル・ロザコヴィッチ(ヴァイオリン)★
曲目/ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番★
ストラヴィンスキー:春の祭典
2026.11/20(金)19:00 兵庫県立芸術文化センター
6/21(日)発売
問:ABCチケットインフォメーション06-6453-6000
11/21(土)17:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
7/4(土)発売
問:テレビ信州チケットセンター026-225-0055
11/23(月・祝)14:00 サントリーホール
6/13(土)発売
問:チケットスペース03-3234-9999
https://avex.jp/classics/utopia2026/
