音楽に感謝しながら精進し続けたい
フランスおよび日本の近現代ピアノ曲・室内楽曲を中心に、あまたの「本邦初演」を行い、後進の指導にも尽力してきた藤井一興。いつの世も優れた芸術家たちは、時空を超越する魅力を放つが、日本の音楽界における藤井の多大な貢献を思えば、彼が迎える「還暦」という節目にも、驚きを覚える。
「たったの60年です」と藤井は語る。
「一生、勉強ですから。西洋音楽には何十年という勉強が必要です。私はようやくこの5年ほどで、伝統ある日本の諸芸術からも学び、表現するゆとりが持てるようになったばかり。その時々で自分が抱く勉強のテーマ、研究対象のシンボルのようなものを持つことが大切だと思います」
芸術に寄せる深い敬意、磨き続けられる感性。藤井のピアニスト・作曲家としての姿勢に多くの若手が傾倒する。還暦記念コンサート『ピアニストたちの宴〜交叉する指』は、たくさんの弟子の中から総勢17名の藤井門下生が企画し、師と共演する大規模なコンサートだ。全体で7時間ほどに及ぶ、まさに「宴」である。第1部はフォーレやショパン、メシアンなどのソロ作品が中心、第2部はラヴェルのピアノ三重奏曲やフォーレ、ドビュッシーの連弾・2台ピアノ作品が奏される。特別ゲストに高橋悠治が出演し、第1部ではサティを演奏する。
「高橋悠治さんとはこれまでに何度も共演させていただきましたが、西洋音楽やピアノといった概念を超えてしまうような、宇宙的な広がりのある独特なサウンドを聴かせてくださるので、今回も楽しみです。第1部冒頭は私が自作品を弾きます。少年時代を過ごした福井の『永平寺』をテーマとした作品です。自然と魂とが呼吸し合う、荘厳な境内をイメージしました。自然から多くを学びなさい、というのは私の師メシアンからの教えです。
出演する弟子たちは皆、本当に熱心な活動を続けています。全員のことは挙げきれませんが、長崎麻里香さんと倉澤華さんはパリ音楽院でずっと学んだ人たちですし、三輪昌代さんはヨーロッパでも演奏経験が豊富。大沢ゆりさんは努力家でフランス音楽のコンクールで優勝した方。そしてモーツァルトの2台ピアノのためのソナタを披露する佐々木京子・祐子姉妹は、非凡な聴覚を持った卓越したピアニスト。彼女たちほどこの作品を美しく弾ける人たちはいないのではないかしら」
第2部の連弾・2台ピアノ作品は、すべて藤井と弟子との共演。最後は藤井と高橋とによる2台ピアノでメシアンの「アーメンの幻影」で締めくくられる。
「公演テーマの『交叉する指』とは、フランスで幸運をもたらす仕草のこと。還暦を経てもなお音楽に感謝しながら、精進し続けたいと思います」
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年10月号から)
藤井一興 還暦記念コンサート 〜ピアニストたちの宴〜
《交叉する指》 藤井一興と弟子たち 高橋悠治を迎えて
11/1(日)第1部 13:00 第2部 17:00 東京文化会館(小)
問:ミリオンコンサート協会03-3501-5638
http://www.millionconcert.co.jp