ショパンコンクールなどでアジア勢の活躍が目立つ昨今ですが、注目の若手ピアニストを次々と招聘しているのがオフィス山根の代表、山根悟郎さんです。最近では、中川優芽花、ジアシン・ミン、ズートン・ワンなどを招聘。今年7月には、マレーシアから注目の実力者、マグダレン・ホーも来日します。 ご自身がかつて桐朋学園大学でピアノを学び、ブリュッセルに留学した経験も持つ山根さんならではの審美眼で、次々と逸材を発掘していますが、招聘に至る舞台裏とはどのようなものなのか? 編集部が話を聞きました。

── 最近、招聘されるアーティストが増えており、特にピアノコンクールで活躍している方が多いですね。
山根 以前、武蔵野市民文化会館で働いていた時から、若い演奏家を呼んでくる仕事をたくさんしていたので、どうしてもそちら方面に目が行きがちです。若い方は機動力や体力があるだけでなく、「面白そうだと思ったらやる」という意欲も豊富だったりするので、いろいろと話をしやすい、という理由もあるかもしれません。
── 今では日本でも広く知られる存在となった、ドイツ在住の中川優芽花さんの場合は、どのようにしてアプローチされたのでしょうか?
山根 コロナの最中で、外国人が入国できなかったので、日本のパスポートを持っている海外在住のアーティストを探していました。YouTubeでたまたまクララ・ハスキルコンクールのファイナルの映像を見つけて「あー、いいな!」と思ったんです(注:中川さんは2021年のクララ・ハスキル国際ピアノコンクールで優勝)。ビビッと来たんですね。名前も経歴もまったく知らなかったのですが、誰も声をかけていないようだったので、声をかけて武蔵野市民文化会館でリサイタルをしていただいたのが始まりです。
ただ、やっぱりネットで見てるだけだとわからないこともたくさんあるので、直接会って話をしたいというのもあり、自分で会社を作ってからは、会いに行くようにもなりました。

── 2025年のエリザベート王妃国際コンクールでファイナリストとなり、今年1月に東京や名古屋などで初リサイタルを行った、上海出身のジアシン・ミンさんとはコンクールの会場で出会ったのですよね?
山根 もともとは中川優芽花を聴きに行こうと思い予定を立てました。私は昔、ブリュッセルに留学していたので、そもそも20年以上ぶりに行ってみたかった、エリザベートコンクールをまた聴きたかったというのもありました。全く予習もせず真っさらな状態でファイナリスト12人全員を聴いて、「この人はいい」と思ったのがジアシン・ミンでした。オケの反応もとってもよかったですし。
結局、上位入賞は叶わなかったのですが、地元のベルギー人を中心に客席の声援もすごかったので、表彰式が終わったあと、舞台の下から直接声をかけて「東京から来ました。あなたを日本に呼びたいと思っているので興味があったらメールをください」と名刺を渡しました。そうしたら、2週間後くらいにメールが来て、「ぜひ日本へ行きたい」と言ってくれました。

── ご自身が良いと思った人をプッシュしていくというスタンスですね。
山根 私が「この人はいい」と思っても、ダメと言う人もいます。とはいえ意見が違う人に忖度していても何も起こらないので、自分の感性を信じて、自分が良いと思った人をともかく呼んでみて世に問う、ぐらいのスタンスでいるのがいいのかなと最近は思っています。可能性を感じる人たちを一生懸命プッシュしていくうちに、わーっと人気が出ていくことってけっこうあるんじゃないかなと。おこがましいのですが、我々のように裏方の人間は、惜しまずそれをやるべきかもですし、実際に場を提供してあげたい、と思っています。ジアシン・ミンやマグダレン・ホーなんかもそうですね。なんだってそうだと思うのですが、売れるかどうかは時の運みたいなところもあります。なので、ともかく動いてみる。中川優芽花についてはだいぶ軌道に乗ってきたというか、着実にファンが増えていると感じています。演奏を聴いて喜んで下さる方が増えていくのを感じるとやはり嬉しいですね。
── 昨年のショパンコンクールでは、アジア系のピアニストの活躍が目立ちましたよね。 第3位に入賞したズートン・ワンさんには、コンクールの現場で声をかけたのですか?
山根 彼女に関しては、ワルシャワでショパンコンクールの3次予選を聴きました。3次のほぼ全員の演奏を聴いて、素晴らしいと個人的に感じたピアニストが2人いたのですが、その1人でした。最初からものすごくリリカルで美しく繊細な音楽だったのですが、「葬送ソナタ」の第4楽章で仰天しました。煙がふわーっと舞っていて、その中から何かが見えてきそうなんだが何も見えない、みたいな。うまく例えられないのですが、ともかくクリーンで美しく、これはとんでもない才能だと思いました。
その後、私はファイナルを聴かず帰国したのですが、数週間後に中国の知り合いの音楽事務所の人からFacebookで「Do you know Zitong Wang ?」と1行だけのメッセージが来たんです。「知ってるも何も、ワルシャワで聴いていちばん良かったと思ったピアニストです」って返事をしたら、「彼女を日本に呼ぶ気はないか」と返って来ました。次の週に北京で弾くというので、こちらはあるツアーの真っ最中だったんですが、1日だけ空き日があって、ちょうどその日が北京のコンサートの日だったので、弾丸で行って帰ってきました。NCPAといって、天安門広場のそばにある巨大な銀色の卵みたいなホールがあるんですが、そこのカフェで、公演前に40分くらい話をしました。今日私は何かを決めてほしくて来たわけではない、と前置きをして、私が何者で、何を考えてどういうことをしているか、をおもに話して帰りました。国際的に知られた大きな事務所ならともかく、いきなり「東京から山根さんが来ました」と言われても、全然意味不明で警戒もするだろうと思いましたし。

── その後、今年の1月にはショパンコンクール入賞者ガラ・コンサートのツアーでズートンさんは来日しましたね。
山根 1月のガラ・ツアーはなんとかチケット手に入れて2回聴きに行き、ポーランド大使館での記者会見も、関係者に「何しに来たの?」と若干いぶかしがられましたが出席しました。ツアー終盤のオフの日にもズートン・ワンに時間を作って貰い、また会って長話をして、最後に「(日本は)私に任せてくれますか」と聞いたら、「OK」と言ってくれました。さすがに嬉しくて、その晩10年以上ぶりに高校の同級生と飲んだんですが、全部出すねといって奢っていました(笑)。妻から「行かずに後悔するより、行って後悔するほうが絶対いい」と背中を押されて無茶なスケジュールで北京まで行きましたけど、行ったのは意味があったかもしれませんね。直接会って、どういう人かを知ってもらって初めて、信頼関係は生まれると思うので。あと、合意したからといってそこがゴールなのではなくて、継続的に信頼関係を築いていかないと、とも思っています。信頼を積み上げるのは大変で時間もかかりますが、崩れるのは一瞬です。
── アジアのピアニストの台頭についてはどのように感じられていますか?
山根 中国はやはり熱心だと思います。人口が多いからというだけではなく、クラシック音楽を自分たちのものにしたいというような熱意もあるのではないかと思いますし、それを実行できるだけの資金力もあるんだろうなと思います。20年、30年くらい前とは演奏も変わったと感じます。
── マレーシア出身のヴィンセント・オンさんの活躍が注目を集めていますが、同じくマレーシア生まれのマグダレン・ホーさんを7月に招聘しますよね。2023年に19歳の若さでクララ・ハスキルで優勝しているので、相当な実力者だと思いますが、彼女の場合はどのような経緯だったのでしょうか?
山根 彼女は10歳の時にはイギリスに渡っていて、現在はロンドンの王立音楽大学で学んでいます。ヴァン・クライバーン国際コンクールの映像でバッハを弾いているのを観て、いいなー、と思っていたのですが、ショパンコンクールでワルシャワに行ったときにミーティングをした知り合いのポーランドの音楽事務所のパンフレットに彼女が載っていたので、あ、これは面白い出会いだと思ってコンサートをやってみようと決めたんです。まだ生では聴いていないので、7月のリサイタルでどう感じるか、私自身も楽しみにしています。

── ところで、話はそれますが、山根さんのブログ「新ゴロウ日記」はとてもおもしろくて、編集部でもいつもニヤニヤしながら読んでいるのですが、小さい頃から作文は得意だったんですか?
山根 子どもの頃から本を読むのは好きで、授業中でも内職で本を読んでいるぐらいでしたが、読書感想文は嫌いだったかもしれません。大学生の頃からブログを書いていますが、専門用語をできるだけ使わず、一般の人にもわかるような内容にして、間口を広げることを意識してきました。毎朝、海外のサイトを巡回してこれはと思う話題を見つけて、だいたい20〜30分で書いています。クラシック好きが書く文章はシリアスな方向に走りがちかもしれません。それはそれで楽しいですし素晴らしいことですが、私は、私ができるかもしれないこととして、いろんな人にもっと「クラシックは楽しいね」と思っていただきたくて文章を書いています。クラシック音楽の敷居はやはり低くはないので、もっとたくさんのライト層の方々に興味や関心を持ってほしい、という考えで、あえて軽く書いています。時々読み返すとテンションが高すぎる、軽すぎる、と反省することもありますけれど。
TikTokなどの短尺動画の時代に、60分以上かかるような重たい音楽を聴いてもらうのは簡単ではないかもですが、やはり人類の素晴らしい文化だと思いますので、クラシック音楽ファンが増えていくと嬉しいですね。そしてその実現のための飛び道具というものはなくて、泥臭く地道にコツコツとやっていくことが求められるのではないかなとも考えています。
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ピアニストだけでなく、異例の若さでウィーン・フィルのコンサートマスターに就任したヤメン・サーディやレオンコロ弦楽四重奏団、ディオティマ弦楽四重奏団といった旬の若手アーティストから大御所ジョルディ・サヴァール(ヴィオラ・ダ・ガンバ/指揮)まで、さまざまなアーティストのステージが、山根さんの手で日本の聴衆へと届けられています。今後も、“目利き” 山根さんが呼んでくるアーティストにぜひご注目ください!
取材・文:編集部
【Information】
◎マグダレン・ホー
マグダレン・ホー ピアノ・リサイタル
7/22(水)19:00 浜離宮朝日ホール
ヘンデル:組曲第5番 ホ長調 HWV430 「調子の良い鍛冶屋」つき
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第7番 ニ長調 op.10-3
シューベルト(リスト編):水に寄せて歌う
シューベルト(リスト編):万霊節のための連祷
シューマン:フモレスケ 変ロ長調 op.20
◎ズートン・ワン
ズートン・ワン ピアノ・リサイタルツアー2026
9/6(日)14:00 米子市文化ホール 5/10(日)発売
9/10(木)19:00 札幌コンサートホールKitara 5/16(土)発売
9/12(土)14:00 名古屋/しらかわホール 5/16(土)発売
9/14(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール 5/16(土)発売
9/16(水)18:30 秋田/アトリオン音楽ホール 5/15(金)発売
9/18(金)19:00 福岡シンフォニーホール 5/20(水)発売
9/20(日)14:00 高崎芸術劇場 5/16(土)発売
ショパン:夜想曲第3番 ロ長調 op.9-3
シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集 op.6
ショパン:即興曲第1番 変イ長調 op.29
ショパン:即興曲第2番 嬰ヘ長調 op.36
ショパン:即興曲第3番 変ト長調 op.51
ショパン:即興曲第4番 嬰ハ短調 op.66「幻想即興曲」
リスト(ブゾーニ編):モーツァルト《フィガロの結婚》の主題による幻想曲 S.697
カワイコンサート2026 ワン・ズートン ピアノリサイタル
5/26(火)18:30 トーサイクラシックホール岩手(岩手県民会館)(中)
ショパン:幻想ポロネーズ 変イ長調 op.61
シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集 op.6
ショパン:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 op.35
ショパン/リスト編:6つのポーランドの歌より 乙女の願い op.74-1
ショパン/リスト編:17の歌曲より 私のいとしい人 op.74-12
リスト/ブゾーニ編:モーツァルトの《フィガロの結婚》の主題による幻想曲
◎ジアシン・ミン
ジアシン・ミン ピアノリサイタル 〈エリザベート王妃国際コンクール2025ファイナリスト〉
7/17(金)19:00 東広島芸術文化ホールくらら(小)
J.S.バッハ:フランス組曲 第4番
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第26番「告別」
ブラームス:ピアノ・ソナタ第2番 ほか
◎中川優芽花
中川 優芽花 ピアノリサイタル《ショパン・フェスティバル2026 in 表参道》
5/28(木)18:30 カワイ表参道コンサートサロン「パウゼ」(完売)
九州交響楽団 第440回定期演奏会〈ワーグナー旋風〉
6/12(金)19:00 福岡シンフォニーホール
中川優芽花 ピアノ・リサイタル〈佐川文庫サロンコンサート〉
6/14(日)14:00 18:00 水戸/佐川文庫(14:00完売)
中川優芽花 ピアノリサイタル 〈ティータイムコンサートシリーズ183〉
6/16(火)14:00 大阪/あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール(完売)
中川優芽花 ピアノ・リサイタル 〈第571回日経ミューズサロン〉
6/19(金)18:30 日経ホール(完売)
響きの森クラシック・シリーズ Vol.88
7/18(土)15:00 文京シビックホール
中川優芽花 ピアノ・リサイタル
8/2(日)15:00 八ヶ岳高原音楽堂
◎クリスチャン・ブラックショウ
クリスチャン・ブラックショウ ピアノ・リサイタル
9/10(木)19:00 浜離宮朝日ホール

