
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
部長の涙の訴え
「いまのままやと、全国大会に行くのは無理やから——」
みんなの前でそこまで語ると、東海大学付属大阪仰星高校吹奏楽部の部長、寺内杏那(あんな)の目から涙がこぼれた。

東海大仰星は、2019年に初めて全日本吹奏楽コンクールに出場して以来、関西を代表する吹奏楽の名門のひとつになっていた。
2025年8月。6大会連続の全国大会出場をかけ、関西大会が目前に迫っていた。しかし、どことなくメンバーから「今年もいつもどおり全国大会に行けるだろう」という油断した雰囲気が感じられていた。
そんな甘いものじゃない!
危機感を覚えた杏那の呼びかけで、東海大仰星の55人のコンクールメンバーが集まった。いつも練習している学校の講堂のステージ上で車座になった。部長のただならぬ様子に、メンバーも真剣な表情を浮かべていた。
杏那は泣きながら訴えた。いまのままでは全国大会に行けない、と。
「だから、絶対全国に行けるように、もう一回みんなで練習を見直して、気持ちを入れていこう!」
杏那たち3年生はコンクールが終わった瞬間に引退になる。関西大会で吹奏楽部生活を終わりにしたくはなかった。

全国金賞つかみとれ
東海大仰星では、毎年新しい代がスタートするときにみんなでスローガンを決めている。
杏那たちの代がスタートしたとき、そのスローガンの中に敢えて「全国金賞つかみとれ」という言葉を入れることにした。東海大仰星は過去5回の出場がすべて銀賞だったから、金賞は部員たちの悲願だった。
しかし、それを言葉にし、スローガンに盛り込むのは覚悟がいることだった。もし全国大会で金賞をとれなかったら、それ以前に全国大会に出場できなかったら、自分たちの代はスローガンを実現できずに終わることになる。
怖い。不安だ。でも……本当にそこを目指すなら、怖じ気づいていてはいけない。覚悟を決め、勇気を出して踏み出していった先にこそ、きっと見たことのない未来が待っているはずだ。
杏那たちはスローガンをこう決めた。
切り開け みんなでつくる新時代 全てのことに 全力努力日々感謝
響け仰星 魅せろ音楽 全国金賞つかみとれ
杏那は歴代の部長たちがつけている「部長ノート」に大きくこのスローガンを記した。また、毎日のミーティングのとき、全部員144名でスローガンを唱和した。言霊のように、言葉にすることで願いを実現する力が生まれるような気がした。

だからこそ、関西大会で終わるわけにはいかなかった。
そうだ、私たちの旅の最終目的地——全国大会金賞はその遥か先にある!
コンクールで演奏する自由曲はフィリップ・スパーク作曲《遥(はる)けし未来へ ~THE UNKNOWN JOURNEY~》だった。
「みんなの持っている良いサウンドを最大限に出せる曲を選んだ」
顧問の藤本佳宏先生は部員たちにそう語った。
ドラマティックに移り変わるその曲のように、まさに2025年は杏那たち東海大仰星にとって、全国大会金賞という「遥けし未来」への「UNKNOWN JOURNEY(未知なる旅)」になった。
遥けし未来へ
奈良県で生まれ育った杏那は中学時代、吹奏楽部でファゴットを担当していた。
中学は県内では強豪で、吹奏楽コンクールの関西大会に連続出場を続けていた。だが、杏那たちが3年生のときはまさかの県大会止まり。関西大会の連続出場をストップさせてしまったことで大きな悔しさを味わった。
「絶対全国大会に行ってやる!」
その思いで東海大仰星に進み、往復約3時間かけて通学しながら部活に打ち込んだ。翌年、出身中学校が関西大会に復活したことで杏那の心はさらに燃えた。
全国大会出場——いや、それだけで満足せず、まだ東海大仰星が到達したことのない金賞へ。その思いは誰よりも強かった。

顧問の藤本先生は東海大仰星の卒業生で、現役時代には杏那たちと同じように全国大会金賞を目指していた。だが、教師になってからはその考え方が変化していた。
「吹奏楽コンクールとマーチングコンテストでは全国大会金賞を目標にする。出るからにはいちばん上を目指す。ただ、大事なのはその過程で部員たちが人間的に大きく成長することだ」
それが藤本先生のポリシーだった。2019年に初めて関西代表に選ばれて全国大会に出場するまで、長く苦杯をなめ続けた。しかし、だからといって活動が失敗していたわけではない。負けていたわけではない。コンクールやコンテストの過程と結果、それを通じて部員たちが人間力を高めることこそ先生が願っていることだった。
そんな藤本先生が自由曲に《遥けし未来へ 〜THE UNKNOWN JOURNEY〜》を選んだのは、部員たちに告げたように東海大仰星のサウンドを活かせるだけでなく、タイトルのとおりこの曲が部員たちの「過程と結果」、そして、心の旅路にマッチすると考えたからだった。
杏那たちもまた、この曲に自分たちを重ね合わせた。
より一体感を持って曲を演奏するため、話し合ってイメージを統一することにしたのだが、最終的に決まったイメージは「遥けし未来とは、私たちが全国大会で金賞をとること。この曲は私たちがそこへ至るまでの物語」だった。コンクールの頂点に立つ自分たちを想像し、そこに至る紆余曲折の道のりを《遥けし未来へ》になぞらえることにしたのだ。

曲は緊迫感漂う激しい序奏から始まる。ゆったりしたメロディアスなパート、複雑なリズムが絡み合いながらテンションが盛りあがるパートなどを経て、モーリス・ラヴェルの《ラ・ヴァルス》を引用した幸福感あふれるワルツへ。そして、たたみかけるようなエンディングに至る。
杏那たち東海大仰星は、自分たちがイメージした物語、そして、《遥けし未来へ》の音楽そのもののようにコンクールシーズンに挑んでいったのだった。
「未知なる旅」の終着点
関西大会前に杏那の涙の訴えで気持ちが引き締まったメンバーは、見事代表の切符を勝ち取り、10月には「吹奏楽の甲子園」——全日本吹奏楽コンクールのステージに立った。
緊張が高まる大舞台。だが、ステージに出た杏那やメンバーたちは恐ろしいほど冷静だった。
これには、実は秘策があった。大会前の合奏練習で「これ、本番やと思って演奏しよう」と声をかけ合い、真剣な演奏を重ねてきたのだ。
「私たちの代は、本番になるとテンションが上がってしまい、テンポが速くなるなど反省点が多かった。やったら、練習でも本番のつもりで演奏して、テンションが上がりすぎないように『気持ちを作る』練習をしよう。本番は練習のとおりにやればいいんや」
予選での反省から、自分たちの弱点を克服する作戦を立てたのだ。それは、心理状態をコントロールする練習だった。それが功を奏した。
30校が出場する全日本吹奏楽コンクールで、大トリで登場した東海大仰星は《遥けし未来へ 〜THE UNKNOWN JOURNEY〜》をダイナミックなサウンドで表情豊かに演奏。冷静さを維持したまま、自分たちの思いや曲のイメージをたっぷり表現しきった。

曲の終盤、杏那の目には藤本先生が笑顔で指揮する姿が焼きついた。先生が楽しんでいる。自分たちも楽しい。つまり、これは抜群にいい演奏ということだ!
演奏が終わると、客席からはいままで聴いたことがないような割れんばかりの喝采が届いた。「吹奏楽の甲子園」を締めくくるにふさわしい快演だった。
表彰式には杏那と副部長、藤本先生の3人がステージに出た。
「東海大学付属大阪仰星高等学校——ゴールド金賞!」
会場にアナウンスが響くと、キャーッという歓声が沸き起こった。杏那は「金賞」と書かれた表彰状を受け取った。
(ついに……ついに金賞がとれたんや!)
スローガンに「全国金賞つかみとれ」と入れたとき、それは不安に満ちた「遥けし未来へ」の「未知なる旅」の始まりだった。ときにぶつかり合い、ときに涙を流し、真剣に楽器と、音楽と、仲間たちと向きあってきた。
そして、とうとう杏那たちは自分たちの足で終着点へとたどり着いたのだ。

表彰式が終わってステージを降りると、杏那は副部長と抱き合って喜んだ。
全国の頂点を極め、「未知なる旅」が終わりを迎えた日——それは藤本先生が願ったとおり大きく成長した杏那たちの吹奏楽部生活が終わった日でもあった。
そして、次の旅が始まる
いま、東海大仰星ではすでに新体制が発足し、1、2年生による活動が続いている。
新部長に就任したのは、杏那の中学時代の後輩であるテナーサックス担当の八田菜愛(やつだなお)。部長になることが決まると、杏那が楽器倉庫へ連れていってくれた。
そこには、歴代の部長たちが残していった部長ノートがずらっと並んでいた。汗と涙と青春の貴重な記録だ。部長ノートを見せながら、杏那は菜愛に言った。
「不安やと思うけど、みんなが信じて選んでくれたんやから、自分を信じて大丈夫だよ」
バトンは手渡された。
すでに菜愛たちにとっての新たな「未知なる旅」は始まっているのだ。
それがどんな道行きになるのか、誰にもわからない。2026年も東海大仰星は走り続ける——「遥けし未来」に向かって。

『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス
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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)
世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。


