ホセ・カレーラス テノール・リサイタル
“三大テノール”で名を馳せた世界的オペラ歌手が今年もやってくる!

Jose Carreras

文:井内美香

 ホセ・カレーラスといえば、1993年にエミー賞を受賞した彼のドキュメンタリー 『ライフ・ストーリー』 に収められた、当時7歳のヴェルディ《リゴレット》の〈女心の唄〉を歌う姿が今でも印象に残っている。子どもらしい可愛らしさも充分ながら、その節回しにはすでに大人顔負けの歌心も感じられて何度聴いても舌を巻いてしまう。そのようなカレーラスの才能を見つけて、育てたのは彼の母親だった。生まれ育ったバルセロナである日曜日、両親と一緒に映画を観に行った6歳のカレーラス少年は、マリオ・ランツァが主演した『歌劇王カルーソ』を観て歌に夢中になってしまう。映画で覚えた曲を翌日からさっそく歌いまくっていたというのだから、その音楽の記憶力も驚くべきものだ。
 ちなみに、カレーラスは音楽一家の出身ではない。最近のインタビュー記事(アルゼンチンの音楽webマガジン「MusicaClasicaBA」より)でカレーラス自身が子どもの頃の思い出を語っているものがあった。彼の母親は美容師で、父親は学校の教師だったが、フランコ政権下の政治的な事情により教職を離れねばならず、その後バルセロナで交通警官として働いた。質素な普通の家庭だったが、カレーラスの母親が非常に明確なビジョンの持ち主で、彼に音楽院への進学を強く勧めて、全力でサポートしてくれたそうだ。彼女は直感で、当時、カレーラス自身も完全には理解していなかった何かを感じ取り、彼を真の天職へと導いてくれたのだという。

病との闘い、記憶に刻まれる伝説の競演

 カレーラス自身がよく言うように、彼が幸せな星の下に生まれたことは間違いないだろう。だが、その人生の全てが恵まれていたわけではない。オペラ・ファンなら知っている人も多いと思うが、1987年、カレーラスは歌い盛りの40歳の頃に急性リンパ性白血病に倒れ、命が危険な状態に陥り、アメリカ・シアトルの癌研究センターで骨髄移植を受けた。彼の「幸運」とは、決してあきらめない、そして起こったことをポジティブな結果に結びつける、誠意と意志の強さを持って生まれてきたことなのだと思う。当時の最新の治療を受けて奇跡の復活を遂げたカレーラスはその後、ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴとの「三大テノール」コンサートの爆発的な成功を収める。その結果、クラシック音楽の聴衆を超えた世界中の人々が彼らの歌を聴き夢中になったのだ。
 そして、白血病の治療に関してカレーラスが成し遂げた貢献は、それに勝るとも劣らない重要性を持っている。自身が白血病になった翌年の1988年に、バルセロナに「ホセ・カレーラス国際白血病財団」を設立、その後、アメリカ、スイス、ドイツにも支部が誕生した。カレーラスは、財団に自分の名前を冠し、コンサートを開いて資金を調達するだけでなく(それだけでも凄いことなのだが)、現在も精力的に財団のための仕事を続けている。2010年には、バルセロナに「ホセ・カレーラス白血病研究所」が完成し、研究活動も進められるようになった。

“静けさに歌う”──円熟の声で紡ぐ深い情熱

 そのカレーラスが今でも彼特有のあの情熱的な音色の声を保って、コンサートで歌い続けているのは驚異である。やはり長年の鍛錬と、歌に人生を捧げている彼の努力の賜物であろう。筆者はイタリアの歌劇場の来日公演のコーディネート、通訳の仕事に長年携わっており、1998年のボローニャ歌劇場来日公演の時に、ジョルダーノ作曲《フェドーラ》でロリスを歌ったカレーラスを間近で拝見するという貴重な機会を得ることができた。その時に思ったことは、トップ・スター、中でもテノール歌手というのはいかに大変な職業であるか、ということだ。ホテルの部屋や楽屋の通気口からの風にも常に神経を使い、体調管理を第一に、舞台で最高の状態にあるよう全力を尽くす。また、彼がマネージャーや劇場関係者と話をする時の、丁寧ではあるものの威厳を感じさせる話し方と立ち居振る舞いも忘れ難い。そして、世界で歌い続けてきた中で、カレーラスが深く愛するのが日本の聴衆であることも実感した。

 今年もサントリーホールで、カレーラスのコンサートが開催される。ピアノは彼の長年のパートナーで絶大な信頼を置いている名手ロレンツォ・バヴァーイだ。曲目も一部発表になっているが、イタリア歌曲、カタルーニャの歌曲、ナポリのカンツォーネなどが予定されているようである。今回のコンサートのタイトルになっている「静けさに歌う」は、リベロ・ボヴィオ作詞、ガエターノ・ラマ作曲のナポリのカンツォーネだ。夏の夜の静かな海辺で恋人マリアに向って「黙って、今夜は何も言わず、僕の腕の中においで」と歌う、カンツォーネの中でも静かな情熱を湛えた、まさにカレーラスが歌うのにふさわしい名曲といえよう。その他にも、もちろん歌ってくれるであろうあの歌、この歌、そして人柄が垣間見えるアンコールまで、色々と想像を膨らませながら楽しみに待ちたいものである。


ホセ・カレーラス テノール・リサイタル
2025.11/25(火)18:00 サントリーホール(完売)

曲目

ラマ:静けさに歌う
トスティ:暁は光から
ベッリーニ:優雅な月よ 他

「18歳以下の中学生・高校生 無料ご招待」実施中
この公演は、文化庁の令和7年度文化庁 劇場・音楽堂等における子供舞台芸術鑑賞体験支援事業の対象公演です。
「平成19年(2007年)4月2日以降に生まれた」公演当日に18歳以下の中学生・高校生の方を無料ご招待。
詳細・お申し込みについては下記URLをご覧ください。

問:ビザビジョン jc@visavission.co.jp
http://www.visavision.co.jp