TCMオーケストラ・アカデミー 熱血指導陣は、レジェンドクラスの名手たち
INTERVIEW 水野信行 宮本文昭 相澤政宏

取材・文:林 昌英

 東京音楽大学のTCMオーケストラ・アカデミーについて、7月の演奏会直前に音楽監督の尾高忠明を取材し、アカデミーの意義や現在の充実ぶりを大いに語ってもらった(記事はこちら)。その取材で最もインパクトが大きかったのは、リハーサルの場に入ってレジェンド級の指導者陣がずらり居並ぶ様子と、彼らの指導にかける熱量だった。

 その指導者陣は、20世紀日本音楽界のトップを走り、かつ支えてきた名音楽家ばかり(同記事参照)。国内やドイツ名門楽団の首席奏者、サイトウ・キネン・オーケストラの初期メンバーなど、クラシック音楽ファンならその存在をよく知り、憧れたようなアーティストたちだ。そんな大ベテランたちが、舞台上や客席からリハーサルを見つめ、タイミングを見つけては何かを伝えている。

 その熱意はどこから来ているのか。指導者陣のうち中心的な存在である3人に大いに語り、掘り下げてもらった。

水野信行先生 ©︎Shuhei Arita

 このアカデミーに関わり始めてから現在まで、どのような思いで取り組んでいるのか。最初に話してもらったのは、ホルン奏者の水野信行。1980年からバンベルク交響楽団の首席奏者を24年務めた、20世紀後半を代表する日本人管楽器奏者の世界的存在である。

水野 大学を卒業した学生たちが残る場としては、大学院や大学院附属の科目履修生(現在は研究生)はありますが、多くの学生は卒業後に働く場所がありません。いつかどこかのオーケストラに入れれば、という思いで学校の設備を使って練習を重ねているものの、なかなか活動の場がない学生が多いのです。

 そこで、オーケストラ経験が豊富な先生方が集まって、「オーケストラ・アカデミーを始めたら、学生たちが集まってくれるのではないか」と考えたのが、このプロジェクトの最初のきっかけです。長年活動ができた人たちが集まって、自分たちの経験を伝えていければと考えました。

宮本文昭先生 ©︎Shuhei Arita

 続いて熱弁をふるったのは、元オーボエ奏者の宮本文昭。フランクフルトやケルンの放送響などドイツの名門楽団の首席奏者を25年近く歴任し、CM出演など知名度も高い、日本人スタープレイヤーの先駆けであり代表者だ。オーボエ引退後は指揮者として約7年活動し、日本各地のオーケストラも振ってきた。

宮本 35年ほどドイツにいましたが、学校で勉強した4年間以外はほとんどオーケストラに所属していました。まずは学校の4年間で得たものが大きかったし、それを土台にして、オーケストラに来る指揮者たちから多くのことを学べました。

 学校で教えてもらったことが基礎にはなりますが、すぐにできるわけではありません。オーケストラに入って試行錯誤していくうちに、指揮者の指示に対して「どうやればいいんだろう?」と考え、表情を見て「これを求めているのかな?」と感じるようになりました。でも、それをやるためには、自分のスキルや技術では全然対処できない。そういうときにこそ学生時代に習ったことがヒントになる。かつて先生に言われたことを参考にして「この練習方法を試してみよう」と工夫するようになったのです。

 若い頃に受けた指導やアドバイスは、当時は理解しきれなかった部分もありましたが、年齢を重ねるにつれて「あの言葉はこういう意味だったのか」と腑に落ちる瞬間が増えました。これは演奏者としての成長において、非常に重要なプロセスだと感じています。

 そうした経験から、「若いうちに“注射”しておくこと」が大切だと考えるようになりました。ここでいう“注射”とは、音楽的な刺激や経験を体に入れることです。すぐに結果が出なくても、後々それが熟成され、ある時ふと意味が分かるようになる。そうした積み重ねが、豊かな演奏につながるのです。

 アカデミーでは、学校のレッスンだけでは体験できないような“注射”を、現場で実際の音を通して伝えることができます。学生時代には試せないようなことも、アカデミーでは実践できるのです。

相澤政宏先生 ©︎Shuhei Arita

 3人目はフルート奏者の相澤政宏。今春まで東京交響楽団の首席フルート奏者として活躍していた名手(現在は客演首席奏者)。ベテランがそろう指導者陣の中でも、現役トップ奏者としての目線が光る貴重な存在だ。

相澤 楽譜に書いてあることは最低限の情報です。それらしく吹いて、縦横の線が合っていれば、それで安心してしまうところはあるかもしれない。でも、本当は順番が逆で、聴く人に伝えるという気持ちがその前になければ、そこで止まってしまう。まず音楽のアイディアを出しながら自分の演奏をして、その中で一緒にいいものができていく、というのが本来あるべき順序だと思うんです。これまでの経験から得られた「こういう順序にしよう」ということを、このアカデミーでは伝えられる機会が非常に多く、楽しくやらせていただいています。

 また、すばらしい先生方が話されていることがすごく面白くて、目から鱗が落ちるようなこともあります。それに自分も共感したり学びを得ながら、楽譜にない部分をどう読み解き、どう表現するのか。それを伝えたいと思っていますし、それができる場がここなんです。

 3人からも大いに伝わる、TCMアカデミーへの熱意。これが指導者陣に共有されていることはコメントからもよく伝わる。

相澤 安易なところで終わってしまうプレイヤーにはなってほしくありません。教えるのは楽しいですし、うまく伝わって、自分が教えた人が良い演奏をしたときというのは、自分自身の演奏とはまた違う喜びがあります。

水野 若い人には楽譜には書かれていない、その先にあるものをどう表現するかを、自分なりに伝えていきたい。少ない情報から作曲家が何を求めていたのかを推理する。その楽しさも知ってほしいのです。

宮本 彼らがいまはわからなくても、いつか振り返ってみて、アカデミーで教わったことが活きていると思うときが来ればいい。私も学生のときには「すぐに上手くなる方法を教えてくれよ」と思ったこともありましたが(笑)、いまは「あのときにああ言ってもらってよかった」と深く実感しています。同じことを若い人たちが後々気付いてくれるのを楽しみにしています。

 ここまでも宮本の熱気は圧倒されるものだったが、最後に指導者陣の熱意を称えると、宮本は「自分たちがすばらしいなんて思っていません。面白くてやめられないだけです」と一笑する。TCMアカデミー指導者陣の熱意の理由もここに集約されている。

宮本 我々自身ではなく、音楽がすばらしいだけ。だから音楽はやめられない。教えた通りがいいこともあれば、全然違う方向にいってもいい。全部が正解になり得るんです。こんなに長いことやっていても、色々な人の考え方ややり方が面白くてしょうがない。それが音楽を続ける原動力になっているんです。

提供:デロイト トーマツ x TCMオーケストラ・アカデミー
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東京音楽大学 TCMオーケストラ・アカデミー
第17回 定期演奏会

2025.10/26(日)14:00 東京音楽大学 池袋キャンパス 100周年記念ホール

出演
松井慶太(指揮)
東京音楽大学 TCMオーケストラ・アカデミー
トランペット:東川理恩(九州交響楽団)

プログラム
モーツァルト:交響曲第1番 変ホ長調 K.16
フンメル:トランペット協奏曲 ホ長調 WoO.1 S49
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92

問:東京音楽大学オーケストラ・アカデミー ticket-orchestra-academy@tokyo-ondai.ac.jp
https://teket.jp/g/7gb8f97r8e

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林 昌英 Masahide Hayashi

出版社勤務を経て、音楽誌制作と執筆に携わり、現在はフリーライターとして活動。「ぶらあぼ」等の音楽誌、Webメディア、コンサートプログラム等に記事を寄稿。オーケストラと室内楽(主に弦楽四重奏)を中心に執筆・取材を重ねる。40代で桐朋学園大学カレッジ・ディプロマ・コース音楽学専攻に学び、2020年修了、研究テーマはショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲。アマチュア弦楽器奏者として、ショスタコーヴィチの交響曲と弦楽四重奏曲の両全曲演奏を達成。