
マレットで歌い、心に語る——国際的に活躍するマリンバ奏者
マリンバ奏者、布谷史人とピアニスト、ベンヤミン・ヌスによるデュオ・リサイタルが2025年9月、横浜と大阪で開催される。新アルバム『ふるさと(Home)』のリリースを記念しその世界を体感できる演奏会だ。郷愁や原風景を越え、人が心のよりどころとして抱く“音の記憶”を呼び起こすプログラムとなっている。
布谷史人は、秋田県大館市出身、ドイツ・ビーレフェルト近郊を拠点に活動する国際的なマリンバ奏者である。7歳でピアノに触れ、独学でマリンバの演奏を始めた後、中学生時代に初舞台を踏み、その後アメリカに渡った。2010年からは拠点をドイツに移して活動している。Ima Hoggコンクール(米国)第1位、リベルタンゴ国際音楽コンクール(イタリア)優勝、世界マリンバ・コンクール(ドイツ)第3位など国際的な受賞歴を誇り、これまでに7枚のアルバムを発表。今回の『ふるさと』は8枚目となる。「布谷氏のマリンバは歌う」(Klassik Heute誌)と称されるように、マレットを通じて語り歌う姿は聴き手の心を打つ力がある。その演奏と亡き父との絆を描いたドキュメンタリーは近年テレビでも紹介され、大きな反響を呼んだ。
また、ソリストとしてだけでなく教育者としても活躍しており、ドイツ国立デトモルト音楽大学ではマリンバ専門の講師を務める。ヨーロッパではマリンバを専攻できるコースは極めて珍しく、そのなかで布谷の門下には世界各国から志高い学生が集まっている。アダムス社の専属アーティストとしても活動し、奏法の探求と楽器開発にも余念がない。

クラシックからゲーム音楽まで——異色のピアニスト、ベンヤミン・ヌス
共演するピアニスト、ベンヤミン・ヌスは、クラシック音楽に加え、映画音楽やゲーム音楽にも精通した異色のピアニストである。ケルン音楽大学でイリヤ・シェプスに学び、ロンドン交響楽団や日本フィルハーモニー交響楽団など世界各地の著名オーケストラとも共演。指揮者の山田和樹との日本ツアーではピアノ協奏曲ト長調(ラヴェル)とラプソディー・イン・ブルー(ガーシュウィン)を共演した。「ファイナル・ファンタジー」の音楽を収録したアルバムで一躍注目を集め、ドイツ・グラモフォンやNeue Meisterなどからリリースを続けている。ジャンルを横断する感性の持ち主である。
布谷とヌスのデュオは2016年にスタート。以降、日独両国での公演を重ねてきたが、特に今回のアルバム制作においてはヌスが編曲者・作曲者として深く関わっており、まさに二人三脚で創り上げた世界と言える。温かみのあるマリンバとシャープな音像を持つピアノによるアンサンブルには独特な魅力があり、またクラシックから現代、日本の唱歌まで幅広いレパートリーを独自の呼吸、フレージングで歌い上げる彼らの演奏は「無敵のデュオ」「情熱的で希望に満ちた演奏」「花火のような一夜」などとドイツのメディアからも絶賛されている。

新アルバム『ふるさと』を軸に——父への想いと友情を描くプログラム
前述のように本公演はCDアルバム『ふるさと』のリリースを記念するもの。プログラムも収録作品をメインに据え、日本人なら誰もが知るメロディにオリジナル作品などを並べて構成する。
ヌス自身が作曲した「マリンバとピアノの為のソナタ op.20」は、2019年の日本ツアーに触発されて書かれた三楽章構成の大作だ。第1楽章は新古典的様式風に始まり溌剌とした楽想を聴かせた後、中間部で繊細な旋律が登場し、再び冒頭の主題に回帰する。第2楽章では、京都滞在の印象が静かな感謝として音に刻まれ、第3楽章では琉球音階を含む多彩な主題が織り交ぜられており、躍動感あふれる競演を通じてマリンバの表現力が最大限に引き出される。
浜渦正志の「Opus 10」は今回が世界初演となる新曲。浜渦は「ファイナル・ファンタジー」などを手掛けてきた人気作曲家で、ゲーム音楽好きならその名前を知らない人はいない。ヌスはかねてから浜渦の作品を取り上げてきたが、今回はオリジナル曲を寄せた。浜渦にとって「ふるさと」とは生まれ育った土地の描写というよりも、自らの見た映像や音の記憶が作り出すもので、今回はそれに向き合って音を紡いだという。
続く山田耕筰「赤とんぼ」はベテラン作曲家の渡辺俊幸、小椋佳「愛燦燦」では人気シンガーソングライターの村上ゆき、宮沢和史「島唄」では合唱曲などで人気の信長貴富の編曲を基にしており、おしゃれな、あるいはユニークなサウンドで彩られた旋律が、ピアノの豊かな和声に包まれてマリンバによってたっぷりと歌われる。
注目すべきは、布谷自身が作曲した「遠いあの日に」と、そこから派生した「父へ」である。前者は、父を亡くした布谷がある日ふとピアノの鍵盤に触れたときに生まれた旋律を基にしており、父との複雑で深い関係性を静かに描いている。音楽を通した追悼だ。「父へ」は布谷の想いに深く共感したヌスが、その素材を活かして新たに創作した音によるリプライである。ピアノとマリンバの親密な対話が織りなすリリックでノスタルジックな調べは、遠い日のふるさとの記憶を呼び覚ますと同時に、彼らの友情と信頼の証にもなっている。
当日はこれら以外にも演奏曲が加えられる予定だ。布谷の真摯な音楽性とヌスの繊細で詩的なピアノによって、聴衆は“ふるさと”の響きに還ってゆくことだろう。国境を越えて鳴り続ける彼らの演奏を、ぜひ日本の地で体感してほしい。
文:江藤光紀
布谷史人&ベンヤミン・ヌス マリンバ・ピアノ・デュオ・リサイタル
2025.9/18(木)19:00 横浜/フィリアホール
2025.9/26(金)19:00 大阪/南港サンセットホール
プログラム
ベンヤミン・ヌス:マリンバとピアノの為のソナタ op. 20
浜渦正志:Opus 10(世界初演)
小椋佳(村上ゆき・布谷史人編):愛燦燦
山田耕筰(渡辺俊幸編):赤とんぼ
小曽根真(ベンヤミン・ヌス編):ホーム
ベンヤミン・ヌス&布谷史人:父へ 他
問:スタジオSHINKI 050-3552-1979
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