初演から250年!園田隆一郎が語るモーツァルト若き日の知られざるオペラ

©Fabio Parenzan

 イタリア・オペラの旗手の一人、園田隆一郎が指揮する今秋注目の歌劇がモーツァルト《羊飼いの王様》K.208だ。作曲家19歳の傑作にして今年が初演から250年にあたる。

 「オペラ演奏の原点の一つは間違いなくモーツァルトなのです。彼の若い頃の作品は編成が小規模なこともあって、何となくサラリと演奏される事が多いですが、きちんと正面から取り組んで、しかもモーツァルトの様式感をしっかり持ったキャストとじっくり作りたいという、以前からの希望が実現しました。このオペラは、大がかりなセットで見せるのではなく、音楽と歌唱技術を前面に出して聴いていただきたい。その意味で演奏会形式は理想的です」

 オーケストラは神奈川フィルハーモニー管弦楽団。なお本公演は神奈川県民ホールと藤沢市民オペラによる初の連携事業となる。

 全2幕の物語は、恋人(森麻季)と暮らす羊飼いの若者(砂川涼子)を高貴な王子と見抜いたアレッサンドロ大王(小堀勇介)が、自分の側近(西山詩苑)の恋人である王女(中山美紀)と結婚させて王位につかせようとするが、それぞれが既に純愛で結ばれているのを知り、最後は2組の恋人を尊重する決定を下す…というもの。

 「権力を持つ王になることが幸せになるとは限らないというテーマも現代的だし、本当の幸せとは何か?を考えさせる作品です。18世紀の権威ある宮廷詩人メタスタージオの台本を与えられたので、モーツァルトは自由に創作するというよりは、古典的なレチタティーヴォとアリアで構成せざるを得なかった。でも、レチタティーヴォは登場人物の悩みや葛藤が浮かび上がるように書かれているし、楽曲にも最大限のモーツァルトらしさと工夫がありますね。例えばいくつかのアリアでオーケストラのヴァイオリンやフルートのソロを絡めたり、第3番のアリアでは冒頭にAllegro apertoと指示を書いている。〈開放的なアレグロ〉という珍しい指示ですが、まさにオペラ全体が開放的で、聴いていて心がワクワクする音楽の連続です」

 魅力あふれるオペラを届けるために、園田は意中の歌手を起用。今回のキャストについて、それぞれを評してもらおう。まずは羊飼いアミンタ役のソプラノ砂川涼子。マエストロ園田の国内オペラ指揮デビュー作品《ラ・ボエーム》以来、今に至るまで共演や録音も多いプリマドンナだ。

 「彼女はロマン派以降のオペラを歌うイメージが強いかもしれませんが、以前からモーツァルトも得意だと確信しています。生きた言葉を音楽に乗せて語れる人。今回は男役を歌うのも新鮮!」

 彼女と同じくイタリア・オペラ畑からはテノール小堀勇介。

 「アレッサンドロ大王の役は音域も広いし、細かい技巧的パッセージが頻出します。ロッシーニ歌いである小堀さんのように、柔らかさと軽さがありながら芯のある声の持ち主であることがとても重要です」

 もう一人のテノール西山詩苑は大王の側近アジェーノレを歌う。

 「去年の藤沢市民オペラ《魔笛》のタミーノ役も素晴らしかった。本当にモーツァルトど真ん中の歌手(笑)」

 さらに注目は森麻季と中山美紀の2人のソプラノ。共に最近はバロックものの舞台で活躍が目立つ。

 「森さん、中山さんをはじめ、みなさんの歌からは、バロック・オペラからの流れとして、アリアの繰り返し部分に装飾をつけて歌う面白さも存分に感じていただけるはずです。今回の公演は皆で一緒に考えながら作っていきます。それぞれの歌手の音楽性と装飾歌唱のセンスが、どんな美声の“化学反応”となるか楽しみです」

 今秋イチオシの豪華で熱いオペラになりそうだ。

取材・文:朝岡 聡

(ぶらあぼ2025年9月号より)

神奈川県民ホール presents 藤沢市民オペラ 連携事業 オペラシリーズ
モーツァルト オペラ《羊飼いの王様》全2幕(演奏会形式/イタリア語上演・日本語字幕付)
2025.11/8(土)、11/9(日)各日14:00 藤沢市民会館
問:チケットかながわ0570-015-415 
https://www.kanagawa-kenminhall.com


朝岡 聡 Satoshi Asaoka

フリーアナウンサー&コンサート・ソムリエ。テレビ朝日在籍時は「ニュースステーション」各種スポーツ実況などで活躍。1995年フリーになってからはクラシック・コンサートの企画・司会でも活躍中。クラシック音楽の興味深いポイントを軽妙な話術で展開するトークに定評があり、愛好者の裾野を広げる司会者として注目と信頼を集めている。近著に「イタリア麗しの庭園と館をめぐる旅」(産業編集センター)。東京藝術大学客員教授。


関連記事