名ソプラノ・豊田喜代美が“夭折の天才”貴志康一の未発表曲2曲を世界初演!

©Eichi Uemura

 「新発見です!」と言われたら、「えっ、何を?」と関心が湧き、「早逝した作曲家の作品が2曲も!」となれば興味も大いに増す。この9月、「公式演奏歴50周年記念」と銘打ち、早逝の作曲家・貴志康一を取り上げるソプラノ・豊田喜代美の胸の内を、まずはじっくり聞いてみよう。

 「私は東京生まれですが、母方の祖母が大阪出身で、小さい頃からはんなりとした文化にも親しんでいました。28歳で没した貴志康一の曲は、1987年に初めて歌ったのですが、〈赤いかんざし〉など、送られてきた楽譜を譜読みしたところ、すっと心にそのまま入ってきたんです。詩も曲も本当にまっすぐで、脳が揺さぶられました。お祭りで感じたことを素直に表現されていたり……最初からオーケストラ歌曲で作ってあるのも印象的でした。私がドイツで歌ったときは〈かもめ〉が特に喝采されました。貴志自身は楽譜に『西洋の心に和の感覚を添わせてもらえたなら』とドイツ語で控え目に綴っています」

 1909年大阪に生まれ、ジュネーヴに留学しベルリンで成功した貴志は、歌曲作りでは自作の詩を用い、管弦楽伴奏のスコアを書いた。ところが……

 「甲南学園貴志康一記念室からいただいていた自筆譜のコピーを、このリサイタルを機に改めて読みましたら、想像以上にたくさんの曲が入っていまして、〈大島おけさ〉(歌詞:西條八十)、〈春之歌〉(源実朝)の2編を目にして『あれっ? 〈天の原〉の他にも他人の詩に音を付けておられたの?』と気付きました。そして、どちらも未発表の曲と判り、9月のステージで世界初演する運びとなりました!」

 演奏家としての誠実さが見つけ出したこの2曲。何としても聴きたいもの!

 「ありがとうございます。〈大島おけさ〉の素晴らしく明るい曲調などとても面白いんですよ。ただ、2曲ともやはりオーケストラ伴奏で書かれていたので、ヴァイオリニストの澤和樹さんがヴァイオリン&ピアノ版に編曲され、ご自身とピアニストの渡辺健二さんで伴奏してくださることになりました。大変ありがたく思っております」

 なお、当日はほかにも大注目のポイントが。

 「実は、今回、貴志康一名義ではない『別名で書かれた歌』がいくつも出てきました。ジャズ風の曲調もあったりで、彼がどんな思いで遺したのかと気になるのです。そこで、生まれて初めて、リサイタルにトークコーナーを設け、この『別名義の曲』もそこでご紹介したく思いますが、昔からそれは緊張しやすい質で、舞台で失神しないよう気を付けます(笑)。ご来場をお待ちしております!」

取材・文:岸 純信(オペラ研究家)

(ぶらあぼ2025年8月号より)

豊田喜代美 ソプラノリサイタル 公式演奏歴五十周年記念
ドラマティックソング 感謝をこめて次代につなぐ「貴志康一」の歌曲
2025.9/23(火・祝)14:00 サントリーホール ブルーローズ(小)
問:二期会チケットセンター 03-3796-1831 
https://nikikai.jp/


岸 純信 Suminobu Kishi

オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。