
童話とは、「大人になった時に思い出す」ものなのだろうか。西洋の名作『シンデレラ』や日本の『笠地蔵』にしても、物語の味わいはもちろん子どもであっても理解できるわけだが、大人になり、齢を重ねれば重ねるほど、「話の真実味」にいっそう深く気づくことができるよう。「これは御伽噺ですよ…」と優しく語られる中で、人の残酷な一面や、「他人を慈しむ心」の在り方が、最初に接したときから何十年も経ったいま、より鋭く鮮やかに心に響くのではないかと感じている。
この9月に立川と上野で上演される日本語オペラ《泣いた赤おに》も、そのような「いま改めて噛み締めたい童話」に基づく傑作である。作曲者・松井和彦のメロディアスな音運びと、日本語の聴かせ方の上手さで人気を誇り、各地で上演が続くヒット作でもあるが、一時間ほどの小品オペラながら、「親しい人を大切に思う心」が実に麗しく描かれる。「人の心を優しくさせるステージ」として、親子連れだけでなく、大人にもぜひ観てほしい一作である。

なお、上演回数が多い演目だけに、名だたる歌手たちがこのオペラに参加してきたが、今回、筆者が特に注目するのは、赤おにと青おにのキャスティング。底抜けの明るさを持つテノール・宮里直樹(赤おに)が、陰影に富む歌を聴かせるバリトン・黒田祐貴(青おに)の自己犠牲に気付いた瞬間、いったいどんな一声を放つのか。その一瞬に多くの人が揺さぶられたならばと願う。
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2025年8月号より)
チームアップ!オペラ & 東京文化会館オペラBOX 《泣いた赤おに》
2025.9/15(月・祝)15:00 たましんRISURUホール
9/21(日)15:00 東京文化会館(小)
問:東京文化会館チケットサービス03-5685-0650
https://www.t-bunka.jp
※関連ワークショップあり。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

岸 純信 Suminobu Kishi
オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。

