合戦では敵味方が烈しくやりあうが、歌合戦となると、競い合いから「一段上の」芸術表現が生まれてくるから素晴らしい。闘いのエネルギーを得て、歌手が自らの歌声をより輝かせるのが、こうしたイベントの醍醐味である。楽屋では熱い連帯感で仲良く盛り上がるが、芸術家ともなれば、ステージでは常に、気合の火花を散らすもの。豊かな声量を相手が誇れば、自分はピアニッシモで張り詰めさせよう、向こうが勇ましく歌い上げたなら、こちらは可憐に表現したい —— こんな風に、みな、静かに闘志を燃やすのだ。
師走のサントリーホールを賑わせる「オペラ歌手紅白対抗歌合戦」も、今年でなんと9回目。「声魂真剣勝負」のサブタイトルが小気味よく、明るく楽しく歌を味わいたい人々が客席に集う。現在、発表されている出演者&曲目を見ると、「華やかなスター同士」の対決として、まずは、ソプラノ大村博美のきらびやかな〈宝石の歌〉(《ファウスト》)とテノール樋口達哉の逞しい〈誰も寝てはならぬ〉(《トゥーランドット》)が目に留まる。いつまでも初々しい大村と、ヒロイックな歌い回しが際立つ樋口の好勝負が期待できそうだ。
続いて、「ベテランの凄みを重厚な曲調で」となると、バス妻屋秀和の〈イシスとオシリスの神よ〉(《魔笛》)とメゾソプラノ林美智子が歌う〈激しい炎のような愛は〉(《ファウストの劫罰》)がコントラストが効いて面白いだろう。どちらもじっくりと歌われるメロディで、滲み出る人間愛や優しさが心を潤す名曲である。
また、いまや出世街道驀進中のソプラノ迫田美帆が得意の〈ある晴れた日に〉(《蝶々夫人》)を歌い、先輩格のバリトン上江隼人が〈聖なるメダルよ〉(《ファウスト》)を熱唱するのも注目の的。夫の心を疑わない蝶々さんのひたむきさと、妹を残して出征する青年ヴァランタンの家族愛は、どちらも清々しく力強いもの。客席を大いに揺さぶるに違いない。
このほか、可憐さが持ち味のソプラノ砂川涼子が、フランスの実在の大女優の愛と誇りを描く《アドリアーナ・ルクヴルール》の名アリアを披露し、ライオンのように真っ直ぐな勇ましさで光るバリトン須藤慎吾が、シニカルな言葉で人生を説く《道化師》のプロローグを歌うといった、「新境地」の選曲も面白そう。また、定番路線では、《ドン・カルロ》の友情の二重唱をテノール小原啓楼とバリトン岡昭宏というスタイリッシュな二人が歌い上げ、名テノール村上敏明も〈母さんあの酒は強いね〉(《カヴァレリア・ルスティカーナ》)で「格別の悲愴感」を漂わせるはずである。
こうした猛者揃いの総勢21名の歌手と共に、紅組は阿部加奈子、白組は柴田真郁が指揮台に立ち、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と歌を厚く支えるさまも聴き逃せない。また、今年から「日本一豪華なオペラコンサート」の継続開催を目指してクラウドファンディングも始まるとのこと。さらに今回は、国内外のプロダクションで活躍する、石川県七尾市出身のメゾソプラノ鳥木弥生によるチャリティ企画もあり、故郷への想いを込めて得意の《カルメン》よりジプシーソングを歌う。彼女の美声もお楽しみに。
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2024年12月号より)
第9回 オペラ歌手 紅白対抗歌合戦 〜声魂真剣勝負〜
2024.12/27(金)18:30 サントリーホール
問:ヴォートル・チケットセンター03-5355-1280
http://operaconcert.net
※出演者やプログラムの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。