新国立劇場がまもなく、ロッシーニのグランド・オペラ《ウィリアム・テル》の初日を迎える。本作に先立ち上演された2024/25シーズンの開幕公演、ベッリーニ《夢遊病の女》に続く新制作&劇場初登場の演目で、日本初の原語(フランス語)・舞台上演であることも話題だ。さらに、指揮台に立つ大野和士・オペラ芸術監督の念願の作品というだけに期待が高まる。
演出・美術・衣裳は2021年4月《夜鳴きうぐいす/イオランタ》に続く登場となるヤニス・コッコス。前回はコロナ禍のため来日が叶わず、フランスと日本を連日繋いでのリモート演出だったため、今回がオペラパレス“初登場”。タイトルロールは本役のスペシャリストであるゲジム・ミシュケタ、アルノルド役は同劇場での20年《セビリアの理髪師》や21年《チェネレントラ》で観客を魅了したルネ・バルベラ、マティルドは世界の歌姫オルガ・ペレチャッコと、ロッシーニ歌いが揃った。
本作は、ドイツの詩人・劇作家のフリードリヒ・シラーの戯曲を原作とし、オーストリア・ハプスブルク家に支配される14世紀スイス・アルプス地方の民衆の自由を求める闘いと、ハプスブルク皇女マティルドとスイスの長老メルクタールの息子アルノルドとの身分違いの恋模様を描く。1829年のパリ初演後も作曲家により改作が施され、約4時間を超える大作ゆえ、一部カットして上演されることも多い。24年2月に行われたシーズンラインナップ発表会にて大野は、「演出家などと相談して新国立劇場バージョンで上演する」と語っていたが、現時点での上演時間は約4時間45分(休憩1時間を含む)を予定している。
報道陣に公開された稽古初日、大野は冒頭の挨拶でこの作品が「音楽史において永遠に重要性を持つ」ポイントを大きく2つあげた。まず強調したのが「合唱」の役割、そしてこのオペラにおける「アルノルドとマティルドの愛のシーン」の重要性だ。
「《ウィリアム・テル》における合唱は、場面によっては非常にスペクタクル性のある、壮麗で動的な音楽を歌います。ソリストたちと合唱とのコントラストも重要で、非常に印象的な面をみせます。合唱が人物を描き出すベースを作り、それらの曲の後にソリストが登場します。
アルノルドとマティルドの愛のシーンは、こうした形のオペラには欠かせないものです。シラーの原作にこのラブストーリーは書かれていませんが、ロッシーニはオペラとして構築するために愛の二重唱を与え、この作品全体の基本となる要素を創りました。これにより《ウィリアム・テル》はオペラになったのです」
早筆であったロッシーニが、半年の時間をかけて作曲した《ウィリアム・テル(ギヨーム・テル)》は、作曲家にとって最後のオペラ。大野に続いてコンセプト説明を行ったコッコスは、「最後のオペラ」であることが演出プランの糸口になっているようだ。
「《ウィリアム・テル》は、偶然にも原作者シラーにとっても最後の作品で、彼はこの作品を書き上げて間もなく亡くなりました。ロッシーニはこのオペラで、それまでの自分の作曲を超越して、さらに先をゆく工夫を行っています。それは、結果として、これ以上先に行けない革新的な作曲でもありました。彼はこの作品でオペラ作曲を辞める決断をしていますが、それは芸術的な観点で非常に興味深い決断と言えます。
《ウィリアム・テル》はロッシーニらしさもよく表れている作品です。音楽において、その歴史的、政治的な部分においても、またストーリー展開の点でも、モダンな取り組み方をしています。また彼の精神という観点でみれば、特にダンスの部分に表れています。観客に喜んでもらうことを徹底していて、私たちもその側面を取り入れなければと思います」
さらに本作のテーマは「自由」と「平和への希求」であり、これが「ロマン主義の基礎になる要素」だとしている。
「『自然』はロッシーニの音楽にしっかりと描かれています。物語の中でスイスの人々は、自然と強いつながりを持ち、そして圧政者から逃れて徐々に自由を求めていく様子が見てとれます。この状況は今日の私たちにも語りかけるものです。世界では紛争が絶えません。対立は時代に関係なく存在しているのです。
シラーの戯曲にもロッシーニのオペラにも、善(スイスの農民)と悪(オーストリアの圧政者)の対立があります。この対立の図式から外れているのが、アルノルドとマティルドです。愛に生きることによってふたりは社会的な現実の外に身を置くことになります。どう決断をすべきか、その葛藤が描かれているのです」
立ち稽古は序曲から、演出補のシュテファン・グレーグラーがスコアを持ち、歌手一人ひとりに丁寧に、各場面の立ち位置や演技の指導を行っていく。歌手はそれを瞬時に理解し、大野が指揮するピアノ伴奏で実践していく。その後コッコスが気になった部分をじっくりアドバイスをする場面もあった。この作業の積み重ねで長大なオペラができあがっていくのだ。
劇場が公開しているコッコスのインタビューには、「時代を超えて繰り返す、抑圧者と抑圧される者の歴史として扱いたい」「過去と現代をつなぐ橋となるような演出を目指したい」と書かれていた。コンセプト説明の最後にコッコスは、「《ウィリアム・テル》はオペラ転換期の重要な作品。この4時間の作品が1時間ぐらいに感じてもらえるよう、活き活きとした作品にしたい」と付け加えた。「自由」と「平和への希求」を大野の指揮とともに描く本作、新制作の舞台の幕はあとわずかで上がる。ぶらあぼONLINEではゲネプロレポートも予定している。
Information
新国立劇場 オペラ 2024/25シーズン
ロッシーニ《ウィリアム・テル》(新制作)
2024.11/20(水)16:00、11/23(土・祝)14:00、11/26(火)14:00、11/28(木)14:00、11/30(土)14:00
新国立劇場 オペラパレス
指揮:大野和士
演出・美術・衣裳:ヤニス・コッコス
出演
ギヨーム・テル(ウィリアム・テル):ゲジム・ミシュケタ
アルノルド・メルクタール:ルネ・バルベラ
ヴァルテル・フュルスト:須藤慎吾
メルクタール:田中大揮
ジェミ:安井陽子
ジェスレル:妻屋秀和
ロドルフ:村上敏明
リュオディ:山本康寛
ルートルド:成田博之
マティルド:オルガ・ペレチャッコ
エドヴィージュ:齊藤純子
狩人:佐藤勝司
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/guillaume-tell/