ヤマハ株式会社 サウンドテクノロジー開発センター
宮崎秀生
「アコースティック楽器に最適なホール」を造るべく、ヤマハの総力を注ぎ込んだヤマハホール。ホール音響設計のノウハウはもちろん、楽器作り、音響機器の開発などを通じ、長年培ってきたあらゆる技術を投入した。この音響設計を手がけたのは、ヤマハ株式会社サウンドテクノロジー開発センターの宮崎秀生。旧ヤマハホールで高く評価された「音楽との一体感が味わえるホール」の伝統を守りつつ、最良の音、響きが得られるよう、細部にわたり緻密な工夫が施されている。
最先端の音響シミュレーションが生んだ
斜め格子状の壁面ウッドタイル
「まさに思い通りのサウンドだ!」──ヤマハホールができあがり、かねてよりたしなんでいたバイオリンで一番に音を出してみたとき、こう思いました。ホールの音と響きが、我々の狙ったとおりだった。感動…という気持ちもありますが、正直言ってホッとした気持ちが大きいですね。
このホールの音響設計に際し、最初に設定した目標は「楽器の音がよりよく聞こえる音響」でした。私たちは楽器メーカーですからね。ホールの響きを重視するというよりは、そこで演奏される音楽、楽器の音像がクリアに聞こえる設計をするということです。
ヤマハホールの席数は333。このように小さめのホールは、一般に音響設計が難しいとされています。小ホールは体積が小さく側壁が近い。音響設計では、特に側壁からの反射音(側方初期反射音)が重要です。しかし、反射音が強すぎれば楽器の音像がぼやけてしまう。また響きは通常体積に比例するため、強いて響きを伸ばそうとするといわゆる風呂場のエコーのようになってしまい、音がどこから来るかわからなくなってしまうのです。
そこで、可能な限り天上高を高くして体積を稼ぐと共に、側壁はなるべく柔らかく音を返すようにしました。側壁に施された斜め格子状のウッドタイルがその役割を担っています。それぞれのブロックの傾きは綿密に調整されたものです。具体的に言うと、側壁に当った多くの反射音は天井方向へ逃がされ、それ以外の客席へ戻す音は何度か反射を繰り返すようになっています。反射させることで音の行路を長くとり、音のエネルギーを抑えるためです。こうして、楽器の音の明瞭さを保ちながらも音のエネルギーを生かした、豊かな響きが得られるようになりました。
波打つ天井から
豊潤な響きが降りそそぐ
天井方向へ逃がした音は、上部に滞留してから豊かな響きとなって降ってきます。天井の高いゴシック教会のようなイメージです。ヤマハホールは、天井高を高くすると同時に断面形状をわずかに上広がりに設計することで、豊潤な降り注ぐ響きを実現しました。また音の波をイメージした天井のうねりも響きに貢献しています。特に天井のうねりは、他のホールではまず見ることのないユニークなもの。ヤマハホールに入ったら、ぜひ見上げてみてください。低周波から高周波まですべての周波数の音をまんべんなく反射するよう、うねりのピッチを変えています。
ウッドタイルの配列を決めるにあたっては、縮尺モデルを作って音響実験を行い音の反射パターンの特徴を把握すると同時に、最先端の音響シミュレーションによってホール内の音場を予測し、実際に耳で聴きながら比較実験を行って最良のパターンを構築しました。デザイン面での大きなポイントにもなっていますが、音響上重要な役割も果たしているんですよ。
音楽は聴く場、その雰囲気も含めた〝体験〟
生演奏の素晴らしさ、場のパワーを感じてほしい
多くの人に、いい音で生の音楽を体験してもらいたい。我々はこの一心でホールの音響に対し工夫を重ねました。近ごろはCDやiPodのような携帯音楽プレーヤーなど、手軽に音楽が再生でき、便利な機能も付加された機器で音楽を聴くのが主流です。しかし、音楽はなんと言っても生がいい。音楽は聴く場、その雰囲気も含めた〝体験〟だと私は思うのです。ホールという〝場〟が持つエネルギーと、その最良の音響をぜひ体験してほしい。そのために、一人でも多くの方が足を運んでくださるようなホールであり続けたいと考えています。