
ジョイス・ディドナートはメゾソプラノとして、歌唱レベルも歩んだ道も紛れもなく世界最高峰だが、その卓越性を支えているのは、ほかのトップ歌手以上にハイレベルの技術である。2月に行われたミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲ったフィギュアスケートの「りくりゅうペア」やスノーボードの村瀬心椛選手も、ライバルを圧倒する高い技術を完璧に発揮して勝利をつかんだ。ディドナートもまた、超人的な技術で他を寄せつけない。
彼女はまずロッシーニやバロック音楽の歌唱で世界に認められた。声に強弱を自在につけながら、極上のやわらかさを与え、“トリプルコーク1620”ばりの超絶的難度を誇る装飾歌唱を加える。しかも、スムーズでぎこちなさがまったくない。筆者は二十数年来、ディドナートを聴いているが、その点で裏切られたことは一度もない。その技術が保たれつつ深さや味わいが加わったから、いま無敵なのである。
5月のリサイタルでは冒頭で古典歌曲を3曲歌うが、これらはシンプルでごまかしが効かないだけに、ディドナートの自信のほどが窺える。ハイドンのカンタータ「ナクソス島のアリアンナ」は長大な難曲で、これを歌うこと自体、最難度の技に挑戦するようなものだ。ロッシーニ《アルジェのイタリア女》とハッセ《アントニオとクレオパトラ》のアリアは、まさに彼女の十八番。目くるめく技巧で支えられた完璧さが味わえるだろう。そういう歌手だから《サムソンとデリラ》や《カルメン》を歌っても、一つひとつの「構成点」がすこぶる高いことに気づかされる。それこそが大歌手の歌である。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2026年4月号より)
ジョイス・ディドナート(メゾソプラノ) ソロリサイタル
2026.5/31(日)19:00 サントリーホール
問:楽天チケット050-5893-9366
https://ticket.rakuten.co.jp

香原斗志 Toshi Kahara
音楽評論家。神奈川県生まれ。早稲田大学卒業、専攻は歴史学。イタリア・オペラなどの声楽作品を中心にクラシック音楽全般について執筆。歌声の正確な分析に定評がある。日本ロッシーニ協会運営委員。著書に『イタリア・オペラを疑え!』『魅惑の歌手50 歌声のカタログ』(共にアルテスパブリッシング)など。歴史評論家の顔もあり、近著に『お城の値打ち』(新潮文庫)。

