
第26回の別府アルゲリッチ音楽祭が3月13日から6月13日まで大分県内と東京、水戸を舞台に繰り広げられる。今回のテーマは「魂から魂へ、世界へ響け」。総合プロデューサーの伊藤京子(ピアニスト)は今回、公益財団法人アルゲリッチ芸術振興財団の理事長を引き受けるとともに、150席の小空間でアーティストと聴衆が心を通わせてきた「しいきアルゲリッチハウス」(別府市)を2025年12月9日付で大分県に寄贈した。
「準備期間も含めて過去30年間、奇跡のような時間を与えられたおかげで公私の立場を超え、地域社会との結びつきが深まりました。超一流の音楽家で人格も優れていれば、そこには確固とした主張(イズム)があります。今後はマルタ・アルゲリッチという不世出の音楽家の生き様を後世に伝えつつ、芸術とは何かの本質を追い求めていくことが音楽祭の重要なテーマになるでしょう」と、伊藤の視点は「これからの30年」にも注がれる。
伊藤自身、ドイツ留学から10年間のヨーロッパ時代を踏まえ「日本は高度経済成長で先進国の仲間入りを果たしましたが、こと音楽に関してはコンクールの人気や一時の流行に左右されがちで、何かが欠落しているとの思いを長く抱いてきました」と語る。今年の音楽祭のオープニング(3/13、しいきアルゲリッチハウス)に牛田智大のリサイタルを据え、ブラームス晩年の渋いピアノ曲を並べた裏にも「情報過多の中でコンクール向けに作られた個性ではなく、長い目で本質を究めていく姿勢を応援したい」との思いがある。アルゲリッチ自身は東京でミッシャ・マイスキー(チェロ)、ジャニーヌ・ヤンセン(ヴァイオリン)との室内楽(5/23)、水戸市(5/26, 5/27)と大分市(5/29)で水戸室内管弦楽団との共演に出演する予定。後者のベートーヴェン「ピアノ協奏曲第1番」は小澤征爾を悼み、指揮者なしで演奏する。
大分には戦国時代のキリシタン大名、大友宗麟以来の長いクラシック音楽の受容史があるが、アルゲリッチと伊藤は「当時から今日まで、世界で戦乱の絶えた日はない」との認識を共有。伊藤は「アルゲリッチが示す人間の根源的な優しさ、平和への強い願い」を大分の地に根づかせようと、被爆地・長崎で始まった「高校生平和大使」の活動に賛同し、アルゲリッチが激励のメッセージを託した。今年の音楽祭のテーマには「調和の象徴である音楽を通じて平和のため、私たちに何ができるのか?」という問いかけが隠されている。
取材・文:池田卓夫
(ぶらあぼ2026年4月号より)
第26回 別府アルゲリッチ音楽祭
2026.3/13(金)〜6/13(土) しいきアルゲリッチハウス、ビーコンプラザ、iichiko 総合文化センター、すみだトリフォニーホール 他
問:アルゲリッチ芸術振興財団0977-27-2299
https://argerich-mf.jp

池田卓夫 Takuo Ikeda(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)
1988年、日本経済新聞社フランクフルト支局長として、ベルリンの壁崩壊からドイツ統一までを現地より報道。1993年以降は文化部にて音楽担当の編集委員を長く務める。2018年に退職後、フリーランスの音楽ジャーナリストとして活動を開始。『音楽の友』『モーストリー・クラシック』等に記事や批評を執筆する他、演奏会プログラムやCD解説も手掛ける。コンサートやCDのプロデュース、司会・通訳、東京音楽コンクール、大阪国際音楽コンクールなどの審査員も務める。著書に『天国からの演奏家たち』(青林堂)がある。
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