
第7回を迎える「中ヒデヒト クラリネットリサイタル 音以前、音楽以上」が、2026年2月に開催される。毎年ゲストとテーマを変え、全10回で完結するというライフワークとも呼べるプロジェクトだ。
まずこのリサイタルで最も大切にしていることを尋ねた。
「お客さんにどんな気持ちで帰ってもらいたいかを毎回真剣に考えます。そのために、あえてメインを前半に置くことが多いです。集中力の高い時間に核心へ踏み込み、緊張がほどける後半へ。名曲も挟みつつ、最後は必ず明るい気持ちでお帰りいただきたい」
聴き終えたあとに心がふと軽くなる、そんな物語をひとつのコンサートで描きたいという。
まず冒頭は、恒例となっている現代音楽のソロから。
「少し前までパリ音楽院の学長をしていた作曲家マントヴァーニの『BUG』という曲を取り上げます。技術的に非常に難しく、無数に散りばめられたトリルによって独特の音響効果が生まれ、全体を通して非常にスリリングな作品です」
そして2曲目は今回のメイン、バルトークの「コントラスツ」。ヴァイオリンに白井圭、ピアノに法貴彩子を迎える。
「複雑なリズムや和声、あえて違和感のある音も使われていて、音が濁りやすいんです。でもそのギリギリを攻めていくと、緊張感がそのまま高揚感に変わっていくとてもスリリングな曲です。
法貴さんは、色鮮やかな音の世界を描くピアニストで、その音を聴くと色が見える感覚がします。白井さんは、音楽を紡ぐヴァイオリニスト。自然体なんだけれども、強いメッセージがあって心を掴まれます。この曲のヴァイオリンはシゲティのために書かれていて、調弦が異なる2挺の楽器の持ち替えも見どころです。クラリネットの聴きどころは、ジャズの名手ベニー・グッドマンのために書かれた作品らしい、即興性やリズムの面白さにあります。さまざまな音楽から影響を受けてきた自分のスタイルとも、自然に重なる部分ですね」
前半は「集中力が勝負どころ」として一気に駆け抜ける寸法だ。

続く後半は、ゲスト2人による名曲でスタート。白井がバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番からガヴォットを、法貴がドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」という流れで、ホールの空気が和らいでいく。
続いて披露されるのは、中の新曲。
「タイトルはすでに決まっていて『les pétales cristallisés』“花の砂糖漬け”という意味です。夏に3人でバルトークを合わせたときに光の粒がキラキラと見え、花の香りがふわりと鼻をかすめたような感覚を持ちました。光の屈折、壊れやすさ、甘い香り、食べたら美味しい、五感をフル稼働させる音楽をイメージして作曲しました。近年、作曲や編曲を手掛けることが非常に増えていて、メロディを形にしていく“構成力”も上がっていると思うので期待してください」と語る。
新曲は毎年、その年の編成のためにゼロから手掛けている。ゲストとともに新しい響きを生み出すこの企画こそ、中のリサイタルの真骨頂だ。

そしてラストを締めくくるのはウィーンの音楽。中と白井は「ザ・プラーター・クインテット」というグループで、ウィーンの音楽を集めたCD制作を進めてきた。そのなかから「プラーターマーチ」、「ハンガリー万歳」、「ウィーンわが夢の街」という3曲が選ばれた。中は「毎年コンサートの準備で年末年始が忙しくなるので、2月のリサイタルは僕にとって“旧正月のニューイヤーコンサート”。最後は晴れやかな気持ちで!」
空間演出も変わらない魅力だ。ホールを香りで満たすアロマ演出やステージを飾る植物のインスタレーションなど、リサイタルの体験を聴覚だけでなく嗅覚や視覚へと広げていく。
さらに同日午前には、0歳から参加できる「日曜日の音楽会」も開催される(なんと第19回!)。バルトークの「コントラスツ」全楽章を子どもたちに聴かせるという大胆な試みとともに、“小さな音楽家応援プロジェクト”として小学6年生のピアニストを招き、室内楽を演奏・体験してもらう。幼い頃にホールで演奏し、音楽を創造する喜びを知ってもらいたいという想いだ。
白井は、東京藝大時代からの友人で、サイトウキネンでも一緒に演奏してきた間柄。中のリサイタルについて次のように語る。
「中くんは本当にアイデアが豊富で、それをこのリサイタルに惜しみなく詰め込んでいます。アロマを取り入れたり、パントマイムと組み合わせたりと発想も型破りで面白い。本当に採算を度外視して自分の音楽とアートに全力を掛けているところに、並々ならぬ愛と情熱を感じます」
前半はぐっと集中する真剣モードで、後半は少しずつ気持ちをほどいて、最後に待つのはこころ踊るフィナーレ。気づけば、音楽だけでなく空間そのものを楽しんでいる——中ヒデヒトの世界に浸り、その流れに身を任せたい。才気あふれる奏者たちが放つ“きらめき”を胸に、軽やかな気持ちで帰路につける一夜になりそうだ。
取材・文:編集部

中ヒデヒト クラリネットリサイタル2026
音以前、音楽以上
2026.2/15(日)17:00 ムジカーザ
出演
中ヒデヒト(クラリネット、作編曲)
白井圭(ヴァイオリン)
法貴彩子(ピアノ)
プログラム
マントヴァーニ:BUG
バルトーク:コントラスツ
中ヒデヒト:les pétales cristallisés
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番よりガヴォット
ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女
ウィーン・スペシャル:プラーターマーチ、ハンガリー万歳、ウィーンわが夢の街

日曜日の音楽会・ゼロ才 vol.19
2026.2/15(日)11:30 ムジカーザ
出演
中ヒデヒト(クラリネット、作編曲)
白井圭(ヴァイオリン)
法貴彩子(ピアノ)
プログラム
バルトーク:コントラスツ
R.ジーツィンスキー:ウィーンわが夢の街
小さな音楽家応援プロジェクト
吉田知史(ピアノ)
G.ピエルネ:カンツォネッタop.19
問:nakahidehito.concert@gmail.com
https://nakahidehito.shop

