ルネサンスとバロックの境目で、神秘の霧に包まれた北方の巨人。スヴェーリンクのこうしたイメージは、オルガン演奏によるところが大きい。だがチェンバロだと、違う顔が見えてくる。親しい友に囲まれ、室内で妙技を繰り広げる姿。辰巳美納子の演奏からは、そんなスヴェーリンク像が立ち上がる。トッカータで粒立ちよくパッセージを転がし、当時よく知られた旋律を鮮やかに変奏し、ファンタジアで対位法の綾を果てしなく広げてゆく。音楽の歩みはあくまで慌てず騒がず、ルッカース・モデルの名器が存分に鳴る。辰巳本人の充実した解説にも導かれ、いつの間にか17世紀アムステルダムの夜。
文:矢澤孝樹
(ぶらあぼ2024年7月号より)
【information】
CD『スヴェーリンク鍵盤作品集/辰巳美納子』
スヴェーリンク:モレ・パラティーノ/宮廷のスタイルで、トッカータ ニ調、同イ調、同ト調、ポーリッシュ・ダンス、イングリッシュ・フォーチュン、ファンタジア・クロマティカ、涙のパヴァーヌ、緑の菩提樹の下で、我が若き命は終わった、ヘクサコード・ファンタジア
辰巳美納子(チェンバロ)
コジマ録音
ALCD-1222 ¥3300(税込)