管打楽器のプロフェッショナルたちが吹奏楽の新たな地平を切り拓く
若手演奏家らで結成され、“吹奏楽”という編成に特化して独創的な活動を展開する管打楽合奏団「現代奏造Tokyo」。音楽監督、代表、コンサートミストレスの3名にインタビューを行った。“現代音楽”、“吹奏楽”という言葉のイメージを一新するようなチャレンジングな企画を実践している同楽団。設立の経緯から今後の展望、そして5月に開催される最新公演の聴きどころを紹介する。
取材・文:柴田克彦
既成概念を離れ、新たな問題意識を持って演奏に取り組む管打楽合奏団「現代奏造 Tokyo」が、5月に第7回定期演奏会を開催する。形態こそ吹奏楽だが、クラシック系作曲家のオリジナル作品が並ぶプログラムは実に独創的。本公演に向けて、音楽監督の板倉康明(指揮)、代表の川越あさみ(クラリネット)、コンサートミストレスの下払桐子(フルート)の3氏に話を聞いた。
現代奏造Tokyo
第7回定期演奏会
2022.5/13(金)19:00
渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール
●プログラム
・ブルーノ・マントヴァーニ/札幌のためのファンファーレ
・黛敏郎/祖国
・黛敏郎/黎明
・酒井健治/デチューン 吹奏楽のための
・酒井健治/青のアンティフォナ
・オリヴィエ・メシアン/われ死者の復活を待ち望む
・西村朗/秘儀VIII 地響天籟
─ 「現代奏造」の設立の経緯は?
板倉 私が指導していた尚美ミュージックカレッジディプロマ科の学生たちに発表の場を作ろうと、学内で演奏会を行ったのが発端です。それを学外でやるべく2016年にスタートし、「現代に演奏して新たなものを造っていく」との意味を込めて「現代奏造」と名付けました。
川越 ただし学校を離れた現在の体制は2017年から。実質的には今年5年目で、今は地固めの時期ですね。
「吹奏楽というのは演奏形態である」
─ クラリネットのソリストや指揮者として活躍され、1945年以降の音楽に特化した東京シンフォニエッタの音楽監督でもある板倉さんが、吹奏楽に関わる理由は何でしょうか?
板倉 作曲家の三善晃先生から「現代音楽に携わる貴方のような人が関わっていかないと、吹奏楽の将来はないよ」と言われたのがきっかけです。また、吹奏楽の名指導者として知られ、2021年に亡くなられた丸谷明夫先生とも20年来のお付き合いがありまして、三善先生を含めた3人で行った東北の指導者講習会での鼎談での結論が、「吹奏楽というのは演奏形態である」でした。さらにフランスでも、かつてのパリ・ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団隊長でパリ国立高等音楽院の和声の教授だったロジェ・ブートリーさんから「吹奏楽とは一つの表現手段である」と言われました。これらが吹奏楽に関わる基盤になっています。
─ メンバーはどのようにして集められたのですか?
川越 私は板倉先生の生徒だったので、先生から誘っていただき、その時友人の下払さんに声をかけました。そうした形で人数が増え、現在は約40名のプロ奏者による固定メンバーで活動しています。
板倉 2人の加入は大きかったですね。下払は東京フィルのフルート奏者で普段はオーケストラ曲を、川越は東京シンフォニエッタのメンバーで現代音楽を演奏しています。そうした2人が現代奏造では吹奏楽や管打楽合奏という「演奏形態」のために書かれた作品を演奏する。これは先の話と通底するものがあります。
既成概念に縛られないユニークな選曲
─ 活動状況は?
川越 「定期演奏会」は年1回ですが、基本となる年6回の「シリーズコンサート」を、秋から春にかけて毎月1回ほどのペースで行っています。そこでは次の定期演奏会に繋がるアンサンブル作品を演奏し、定期に向けて集中していくという形。また「室内楽演奏会」も随時行っており、今年は6月に開催する予定です。
下払 ほかに吹奏楽、室内楽双方の依頼公演もあります。定期演奏会のプログラムは、川越さんと私を中心に選んでいますし、シリーズコンサートもメンバーがプロデュースしています。
─ プログラムは基本的に「現代音楽」でしょうか?
板倉 現代奏造のプログラミングの根底にあるのは、日本の吹奏楽がコンクールを中心とした閉じた空間になっていると私が感じていることです。その閉じた空間を広げるために、いわゆる“吹奏楽作曲家”ではない作曲家を取り上げるようにしています。吹奏楽作曲家によるコンクールでの演奏効果を優先した作品は、音楽自体の良さと必ずしも合致しません。世の中に“弦楽四重奏作曲家”はいないですよね。先ほど話したように、吹奏楽も弦楽四重奏と同じ“演奏形態”の一つであり、音楽の一部であり、広げて行くべきコアでもある。そういう問題意識を持った若い音楽家の集団が「現代奏造」です。「現代」の後の助詞は「の」「に」など自由に変えられますし、現代音楽というレッテルも貼らない方がいいでしょう。
川越 私たちはその考えの中で、邦人作品を極力入れるようにしています。
下払 現代に作られた音楽も未来には古典になりますので、その価値がある曲を発掘・継承していきたいと考えています。
現代作曲家による作品の希少な実演、そして古典の名作も
─ では、今年5月の定期演奏会についてお聞きします。まずは全体のコンセプトを。
川越 「日仏作曲家」がサブタイトル。フランスからはマントヴァーニとメシアン、日本からは黛敏郎、酒井健治、西村朗の曲を選びました。なかでもメインはメシアンと西村さんの作品になります。
─ 1曲目はブルーノ・マントヴァーニの「札幌のためのファンファーレ」ですね。
板倉 マントヴァーニはパリ国立高等音楽院の院長を務めた私の友人の作曲家。この曲は、2018年に開館した札幌文化芸術劇場hitaruが、オープニングのために委嘱した作品で、私が仲立ちをしました。 さまざまな資料を見てイメージを膨らませた、マントヴァーニが思う札幌の音空間です。典型的なファンファーレではなく、大変難しい曲で、今回はおそらく東京初演になるでしょう。
─ 次の黛敏郎の「祖国」と「黎明」は行進曲ですね?
板倉 去年も「軍艦マーチ」をやっています。これは、日本に輸入された洋楽の必要性・必然性を作曲家が感じて作り上げた初期の作品であり、管打楽器が屋外で演奏するマーチは吹奏楽の原点となる大事な作品という捉え方で取り上げました。黛作品を含めて思想面は関係なく、純粋な音楽的価値からの選曲。今回の2曲は調性音楽の行進曲ですが、旋律、和声、オーケストレーションに天才黛の筆跡が残っています。
川越 こうした作品における現代奏造の音を聴いてほしいというのもありますね。
下払 現代奏造という名前からいわゆる前衛的現代音楽しか演奏しないと思われがちですが、私たちが演奏したいと感じたら調性の枠内で作曲された作品もやりますし、特に線引きはしていません。それに吹奏楽ファンの中には現代音楽に馴染みがない人も多いので、まずは一度聴いてみてくださいと言いたいですね。
─ 酒井健治の「デチューン」と「青のアンティフォナ」はいかがでしょう?
川越 酒井さんは、パリ国立高等音楽院で学び、フランスで活躍後日本に戻られた方。以前から彼の吹奏楽作品が気になっていましたので、日仏双方との繋がりから今回取り上げました。いわゆる吹奏楽作曲家ではなく、世界的に注目されている方なので、私たちの考え方に近い面もあります。今回の2曲は共に2019年に初演された作品で、「デチューン」は大編成、「青のアンティフォナ」は13人の管楽合奏のために書かれた精妙な音楽です。これらは今回のプログラムの中でも皆さんの注目度が高いですね。
下払 特に「青のアンティフォナ」はあまり演奏されていないので、SNSで「これをぜひ聴きたい」「この曲の生演奏を聴けるなら行きたい」といった反響をいただいています。
─ メシアンの「われ死者の復活を待ち望む」は、今回のプログラムの中で最も知られた名作ですね。
板倉 これはオーケストラの管打楽器セクションの編成で書かれた大曲。特にシャルトルなどの大聖堂のような空間で鳴ると物凄いインパクトがあります。第二次大戦の犠牲者を追悼した曲ですから、計らずも今の世界の情勢と悲しいことですが、合致してしまいました。
─ 最後は西村朗の「秘儀VIII 地響天籟」。
下払 私たちは西村さんの「秘儀」シリーズに注目し、ほぼ毎回取り上げています。「秘儀VIII」は2021年に書かれた最新作。「秘儀III」が2015年の吹奏楽コンクールの課題曲になったので「秘儀」自体は中学生でも知っていると思いますが、今回はコンサートのプログラムの一つとして、しっかりしたアンサンブルを聴いてもらいたいですね。
川越 難しい曲ですし、素晴らしい演奏で聴かせたいと思います。
─ 定期演奏会はどんな人に聴いてほしいですか? また最後に本公演や吹奏楽についてひと言あれば。
板倉 普段音楽を聴いていない人、また、いわゆる吹奏楽作品ばかりを聴いている人に来てほしい。
川越 私はさまざまな方に聴いてほしいですね。芯はブレないようにしながら色々な可能性を提案していきたいですし、聴けば皆さんびっくりしてくれると思います。
下払 私たちはプロフェッショナルな団体としてプライドと問題意識を持って活動していますし、活動に賛同してくれる作曲家が増えて、そこから新しい作品が生まれたら素敵だと思います。そしてともかく多くの人に演奏を聴いてもらいたいです。周知の音と全然違いますから絶対に驚かれますよ。
川越 そう、既存の楽団の演奏とは違う「現代奏造」ならではの音楽を、ぜひ聴いてください。
─ ありがとうございました。公演が本当に楽しみです。
【Information】
現代奏造Tokyo
■第7回定期演奏会
2022.5/13(金)19:00 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール
●出演
指揮/板倉康明(音楽監督)
演奏/現代奏造Tokyo
●プログラム
・ブルーノ・マントヴァーニ/札幌のためのファンファーレ
・黛敏郎/祖国
・黛敏郎/黎明
・酒井健治/デチューン 吹奏楽のための
・酒井健治/青のアンティフォナ
・オリヴィエ・メシアン/われ死者の復活を待ち望む
・西村朗/秘儀VIII 地響天籟
●料金
一般 ¥3,500 / 学生 ¥2,500
■第3回室内楽演奏会
2022.6/8(水)19:00 東京オペラシティ リサイタルホール
●出演
FI. 下払桐子、石田彩子
Ob. 久保一麻
CI. 川越あさみ、中村愛佑美、小澤里沙、松本玲香
Fg. 河府有紀
Sax. 菊地麻利絵、塚田奈緒子、山口雄理、近田めぐみ
Hr. 紺野謙
Euph. 大山智
Per. 麻生弥絵
●プログラム
・エリオット・カーター/エスプリリュドエスプリドゥ フルートとクラリネットのための
・エリオット・カーター/エスプリリュドエスプリドゥ2 フルートとクラリネットとマリンバのための
・エリオット・カーター/木管五重奏曲
・マイケル・トーキー/7月
・三善晃/5つの素描(エスキス)ユーフォニアムとマリンバのための
・藤倉大/Twin Tweets
・藤倉大/Reach Out
・レオシュ・ヤナーチェク/青春
●料金
一般 ¥3,500 / 学生 ¥2,500
※公演の最新情報は、公式ウェブサイトをご確認ください。
音楽監督:板倉康明
東京生まれ。東京芸術大学附属高校、同大学器楽科卒業。フランス政府給費留学生として渡仏、パリ市立音楽院、パリ国立高等音楽院を卒業。故アンリエット ピュイグーロジェ女史に音楽全般についての薫陶を受ける。在仏中より演奏活動を始め、帰国後は、クラリネットソリストとして数々の作品の初演、オーケストラとの共演、ソロリサイタル、室内楽及び教育等様々な分野で活躍。高い知性と均整のとれた演奏は何れも絶賛されている。海外の音楽祭にも招待されている。クラリネットを、三島勝輔氏、ギィ・ドゥプリュ氏に師事。
また、指揮者としての活動も高い評価を受けていて、意欲的に国内外の現代作品の初演に取り組み、同じく国際的に活動している。演奏家としてのキャリアに立脚した精緻な解釈は高い評価を得ている。第66回、68回と日本音楽コンクール作曲部門本選での演奏及び指揮に対して、コンクール委員会特別賞を受賞。2000年3月、現代音楽の指揮活動に対して第18回中島健蔵賞を受賞。東京シンフォニエッタ音楽監督。国立音楽大学客員教授。国立ボルドー・ヌーヴェルアキテーヌ高等音楽舞踏学院教授。
代表:川越あさみ
埼玉県立伊奈学園総合高等学校芸術系音楽専攻を経て、フェリス女学院大学音楽学部卒業。
東京シンフォニエッタ欧州公演、サントリーサマーフェスティバルを始めとする様々な公演、レコーディングに参加。全音楽譜出版社主催「四人組とその仲間たち」に於いて、西村朗:樹霊III を世界初演。2020年2月フランスパリにて、ヴァンドレン、全音楽譜出版社主催の収録に参加。クラリネットを西澤春代、板倉康明の各氏に師事。ギィ・ドゥプリュ、ポール・メイエ、アレッサンドロ・カルボナーレ、アラン・ダミアンの各氏のマスタークラスにて研鑽を積む。
現代奏造Tokyo 代表。東京シンフォニエッタ クラリネット奏者。
コンサートミストレス:下払桐子
国立音楽大学附属高等学校を経て、同大学を首席で卒業。卒業時に武岡賞受賞。同大学大学院修士課程修了。第85回日本音楽コンクール第1位及び岩谷賞(聴衆賞)、加藤賞、吉田賞受賞。第17回びわ湖国際フルートコンクール第1位。第17回日本フルートコンヴェンション第1位及び吉田雅夫賞受賞。第5回仙台フルートコンクール第1位受賞。第4回岩谷時子賞「岩谷時子Foundation for Youth」受賞。NHK-FM『リサイタル・ノヴァ』、第81回読売新人演奏会、小澤征爾音楽塾等に出演。東京フィルハーモニー交響楽団、セントラル愛知交響楽団、ルーマニア国立オーケストラ等と共演。現在、東京フィルハーモニー交響楽団フルート奏者、国立音楽大学附属中学・高等学校、北鎌倉女子学園フルート科非常勤講師。
第7回定期演奏会出演メンバー
ミュージックアドバイザー
大山智
コンサートミストレス
下払桐子
Flute
下払桐子・石田彩子・丁仁愛・森山豊・角芽吹
Oboe
久保一麻・梅枝理恵・伊藤千裕・山根優季
Clarinet
川越あさみ・小澤里沙・中村愛佑美・田中梨乃・東中園美香
松本玲香・川嶋佑奈・大宮奈菜子・前田詩音・福田若奈
Saxophone
菊地麻利絵・塚田奈緒子・山口雄理・近田めぐみ・森田奈旺
Fagotto
河府有紀・相良怜・塩塚俊樹・渡邊愛梨
Trumpet
大熊千智・渡辺アキラ・飯塚結衣・榛葉隆仁・中岡泰真・山内瞭・柿崎鮎美
Horn
紺野謙・幸喜いずみ・橋本宰・有村日菜子・加藤歩未・小玉桜花
Trombone
植木穂高・工藤悠太・狭間萌花・山口涼・水村亜依音
Euphonium
大山智・美濃部夏美
Tuba
田中滉之佑・青山恵大・山里音
Contrabass
太田早紀
Percussion
川本裕之・山田祐将・麻生弥絵・簑輪飛龍・山田真陽・小林公哉
Piano
山城柚季
アシスタントコンダクター
西山夏生