ぶらあぼブラス!vol.39 光ヶ丘女子高等学校吹奏楽部(愛知)
名門女子校、全国の舞台で「黒い金」を輝かせる!

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

(あんなに頑張ってきたのに……)

 名門・光ヶ丘女子高校吹奏楽部でトランペットを担当する伊藤咲(さき)の目から涙がこぼれた。

 2024年の全日本吹奏楽コンクール(全国大会)・高等学校の部。表彰式で発表された光ヶ丘女子の評価は銅賞。全国大会の賞は金・銀・銅しかない。

(うまく演奏できたと思ったのにな……)

 このコンクールのために、初めてトランペットとフリューゲルホルンの持ち替えにも挑んだ。練習を重ねて苦手を克服し、フリューゲルホルンが好きになった。だが、その努力は、評価の中では報われることがなかった。

 まわりにいる先輩たちは泣いていた。その姿に、かつての姉がだぶって見えた。5年前の全国大会で涙を流す姉の姿が……。

 咲にとって高2で迎えた初めての全国大会は悔しさとともに幕を閉じたのだった。

 それから1年が経った。光ヶ丘女子は10月19日、通算23回目となる全日本吹奏楽コンクール出場を控えている。

 咲は高3になり、今年125名と大所帯になった吹奏楽部の部長に選ばれていた。強豪中学として知られる日進市立日進西中学校の出身だが、中学時代は何の役職にも就いていなかった。

(まさか自分が選ばれるなんて……)

 光ヶ丘女子に来てからも、リーダー的な立場になるのは初めて。咲の驚きは大きかった。

左より:牟田有梨花さん、伊藤咲さん

 実は、咲の6つ上の姉はかつて光ヶ丘女子で部長を務めていた。咲はネガティブで自信がないタイプだが、姉はいつも笑顔で明るい性格。その姉が、高3の全日本吹奏楽コンクールで銅賞という結果を突きつけられ、泣いている姿が咲の目に焼きついていた。

 高3になるとき、咲の胸にはリベンジを誓う3つの悔しさがあった。昨年の全国大会の経験、姉の涙、そして、中3で全国出場を逃したこと……。

 もちろん、結果だけがすべてではない。賞の色と音楽の素晴らしさや感動は必ずしも直結しない。だからこそ、最高の音楽を追究し、その先にある全国大会金賞をつかみ取りたかった。

 だが、まさか名門・光ヶ丘女子高校吹奏楽部の部長になるとは想像もしていないことだった。

 3年でファゴット担当の牟田有梨花(むたゆりか)は基礎合奏などを担当するトレーナー。咲と同じ日進西中出身だ。ふたりは高校入学から学内にある寮でともに生活し、気心の知れた間柄だ。

 有梨花は全国大会出場よりも、まず人間的に成長できる場として光ヶ丘女子を選んだ。コンクールでの賞にもあまりこだわっておらず、それより人を感動させる音楽をつくりたいと思っていた。

「銀賞や銅賞の音楽が聴く人の心を動かせないわけではない。でも、金賞だったら、結果も含めて多くの人を納得させるかもしれない」

 それが有梨花の思いだった。

 有梨花は中学時代に副部長を務めた。高校に入ってすぐファゴットの実力を認められ、全国大会でソロも吹いた。音楽面で光ヶ丘女子を引っ張ってきた存在だ。

 有梨花には、自分たちの代で咲が部長に選ばれた理由が理解できた。

「中学では人前に立つタイプではなかったけど、何かをやり遂げる力はある子だった。高校に入ってからは『もっとうまくなりたい』と努力していたし、その姿勢をみんなに評価されたのかも」

 部活が終わって寮に帰ってからも、ふたりはよく部活の話をした。寮では40分間で夕食を食べるグループと入浴するグループに分かれる。ふたりは別々のグループだが、入れ替わりで顔を合わせたときに「あの部分の練習方法どうする?」「今日、こんなことがあったんだよ」とよく話をしている。

 咲にとって、自身とは対照的な有梨花は、誰よりも頼りになる仲間だった。

 コンクールシーズンが始まったころ、咲は大きな挫折を味わった。

 光ヶ丘女子に入学すると決めたとき、姉からは「トランペットパートでいちばんうまくなりなよ」と発破をかけられた。自分もそのつもりで人一倍努力を重ねてきた。だが、トランペットの特徴である高音を出すのが苦手で、どうしても克服できなかった。

(もしかしたら私、トランペットに向いてないのかな……)

 そう思いながらも、咲は練習を続けてきた。

 今年、コンクールメンバーが発表され、その中でトランペットのトップ奏者に選ばれたのは後輩だった。咲はサード。人生でいちばんというくらい泣いた。

 そんな咲に、顧問の日野謙太郎先生は有名な本のタイトルを引用してこう言った。

「『置かれた場所で咲きなさい』と言うだろう? メロディだけじゃなく、ハーモニーや対旋律を担当するセカンド、サードも楽しいよ」

 最初は納得できなかったが、演奏していくうちに咲はサードの楽しさがわかってきた。

 奇しくも、みんなで決めた今年のコンクールメンバーのチーム名は「フリージア」だった。そして、自分の名前は「咲」だ。慎ましやかで可憐なフリージアの花のように、自分も置かれた場所で——サードトランペットの位置で咲こう。

 みんなで努力を重ねるこの練習場を、フリージアの花園にしよう。

 光ヶ丘女子は今年、自由曲としてティエリー・ドゥルルイエル作曲《ブラック・ゴールド》を選んだ。「ブラック・ゴールド」とは石炭のこと。炭鉱のまちやその歴史を描いた音楽だ。

 日本の女子校に通う咲たちにとっては、いままで知らなかった遠い世界の話だった。しかし、咲や有梨花はそれぞれに石炭を中心に動いているまちや坑夫の生活に思いを馳せ、表現を磨いた。

 全国大会出場が決まった東海大会では、咲は本番中に言葉にできない熱い感情がこみ上げてくるのを感じた。そして、こらえきれずにトランペットを吹きながら思わず涙を流した。有梨花が求めていた、人の心を動かす演奏ができた証拠だった。演奏する咲たちの間に生まれた感動は、音に乗って客席にまで広がっていった。

 審査の結果、光ヶ丘女子は金賞・東海代表に選ばれただけでなく、東海大会第1位に相当する朝日新聞社賞にも輝いた。

 いま、咲や有梨花たちにとって高校生活最後の全日本吹奏楽コンクールが目前に迫っている。光ヶ丘女子は後半の部11番目に出場。強豪15校の中で最高賞を目指す。

 咲はこう思いながら、練習を続けてきた。

「高みに到達するには、メンバー一人ひとりが技術を磨き、気づきを増やし、自分で自分を変えていくことが必要。きっとできる——私はみんなを信じてる」

 あのときの悔しさはこの日の喜びのためにあったのだと思えるように。そして、置かれた場所で咲けるように——。

 いよいよ全国大会。光ヶ丘女子高校吹奏楽部は、フリージアの咲き乱れるステージで《ブラック・ゴールド》——「黒い金」を輝かせる。


『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス

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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)

世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。