ピリオド楽器の響きから立ち現れるグルックの革新とドラマ~鈴木優人が世界最高峰の歌手たちと贈る《オルフェオとエウリディーチェ》

©Marco Borggreve

 11月に名古屋のしらかわホールと東京オペラシティ コンサートホールで、鈴木優人の指揮、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の合唱とピリオド楽器による管弦楽で、グルックの《オルフェオとエウリディーチェ》(以下《オルフェオ》)が演奏会形式で上演される。鈴木にとっては、2022年に新国立劇場によるダンス付き公演(勅使川原三郎の新演出・振付・美術)を指揮して以来、4年ぶりとなる。

 《オルフェオ》を取り上げる理由を尋ねると、「バロック・オペラの伝統を受け継ぎながら、新しい時代を切り開いた象徴的な作品ですし、合唱が活躍するので、BCJとしてもぜひ取り上げたいとずっと考えていました。4年越しでようやく実現することになった」と語る。

 BISレーベルの録音やコンサートで進行中の「ベートーヴェンへの道」シリーズとも深く関係する。

 「ベートーヴェンへ至る急速な音楽の変化を、同時代の様々な作品と対比しながら体感していただくシリーズです。《オルフェオ》とベートーヴェンのバレエ『プロメテウスの創造』は、1762年と1801年にウィーンのブルク劇場で初演されました。約40年しか隔たっておらず、意外に近い。愛する人を救うために暗い世界へ降りていくという《オルフェオ》の構造は、妻が地下牢の夫を救うベートーヴェンの《フィデリオ》にも通じます。バロックや古典派と区切らず、絶え間なく変化する時間の中に音楽があったことを感じていただけると思います」

バッハ・コレギウム・ジャパン ©︎K.Miura

 今回は1762年のイタリア語によるウィーン版を基本としながら、1774年のパリ版で加えられた〈復讐の女神の踊り〉や〈精霊の踊り〉の中間部なども取り入れる。

 「グルック自身、上演地や歌手に合わせて作品を改訂していました。今回はウィーン版を軸に、パリ版の魅力的な音楽も取り入れて、作品のドラマを伝えたいと考えています」

 グルックの「オペラ改革」については、言葉と音楽が一体となって物語を進めていく点に注目する。

 「レチタティーヴォはオーケストラ伴奏付きで、言葉の抑揚がそのまま音楽になって物語が畳みかけるように展開していきます。恐ろしい冥界を象徴する短調の〈復讐の女神の踊り〉から、突然、美しく明るい響きに切り替わる。そこから楽園へ入っていくのですが、この鮮やかな転換にもグルックの革新性が表れています」

 ピリオド楽器の響きも注目される。「作曲家が意図した音のニュアンスや情景が、古楽器を使うことで自然に立ち現れます」。ツィンク(コルネット)やクラリネットの前身であるシャリュモー、フラウト・トラヴェルソなどの音色が音楽の情感を引き出す。

 「たとえばトラヴェルソは楽器の構造上、音によって響きや抵抗感が異なり、その繊細な陰影が〈精霊の踊り〉などで音楽的な効果を発揮します。楽器というハードウェアを変えないと生まれない音楽的なコミュニケーションや響きが確実に存在するんですよ」

左より:ティム・ミード ©Benjamin Ealovega/ハナ・ブラシコヴァ ©︎Vojtěch Havlík/ジョネ・マルティネス ©︎Oier Rey Delika

 ソリスト陣については、「世界で活躍するトップソリスト3名が揃った」と言う。

 「ティム・ミードさんは歌唱力も演技も優れたカウンターテナーで、どこか妖しい魅力と佇まいが、妻を失ったオルフェオにぴったり。エウリディーチェは自然の精霊であるニンフですが、独特な雰囲気を持つハナさん(ブラシコヴァ)のハマリ役。アモーレはコミカルな役にもなり得ますし、今回は観客に近い目線で物語を動かす役として捉えています。ジョネ・マルティネスさんは新進気鋭のすばらしい歌手で、この役を魅力的に演じてくれると思います」

 オルフェオの名アリア〈エウリディーチェを失って〉については、「絶望の場面なのに、音楽は序曲と同じハ長調。その明るい響きと、歌詞に込められた深い悲しみをどう結びつけるかが大切です。歌い方によっては軽薄に聞こえてしまう難しいアリアですが、ティムなら見事に歌い上げてくれる」と期待を寄せる。

 演奏会形式でもドラマ性に配慮する。

 「照明や歌手たちの身振り、ポーズなどを工夫して、ドラマがしっかり伝わるようにします。合唱団もオーケストラの後方をぐるりと取り囲んで、古代ギリシャ劇のコロスのような効果を生み出す予定です」

 鈴木は鍵盤楽器奏者として通奏低音を弾くことが多いが、今回は指揮に専念する。

 「通奏低音はすべてのアンサンブルの土台。オペラでは歌とオーケストラの結びつきが根本にあるので、オペラの指揮は僕にとって大切なライフワークなんです」

 これからもモーツァルトや《フィデリオ》など、ピリオド楽器によるオペラに挑戦したいという。グルックからベートーヴェン、さらにその先へ——時代とともに音楽が変化していく道程を、コンサートホールで体感する好機となることだろう。

取材・文:那須田 務

(ぶらあぼ2026年11月号より)

鈴木優人プロデュース/BCJオペラシリーズ Vol.4
グルック:歌劇《オルフェオとエウリディーチェ》(全3幕/演奏会形式/イタリア語上演・日本語字幕付)
2026.11/21(土)15:00 名古屋/しらかわホール
11/23(月・祝)15:00 東京オペラシティ コンサートホール
指揮/鈴木優人  合唱・管弦楽/バッハ・コレギウム・ジャパン
出演/オルフェオ:ティム・ミード エウリディーチェ:ハナ・ブラシコヴァ アモーレ:ジョネ・マルティネス

【今後の主なBCJ公演】
十字架上の七つの言葉 I
10/31(土)15:00 東京オペラシティ コンサートホール
11/1(日)15:00 神戸松蔭大学チャペル

「マニフィカト」〜マリアの賛歌〜
12/5(土)15:00 東京オペラシティ コンサートホール

十字架上の七つの言葉 II
ベートーヴェンへの道 vol.3
2027.2/21(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール

問 バッハ・コレギウム・ジャパン チケットセンター03-5301-0950
https://bachcollegiumjapan.org