
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
北の大地の「吹奏楽局」に訪れた変化
雄大な自然や網走監獄などで知られる北海道網走市。丘の上にある北海道網走南ケ丘高校の音楽室からは、ゆるやかな弧を描いて広がるオホーツク海を望むことができる。風の中をカモメが飛び、長い冬には流氷が寄せる。

網走南ケ丘高校吹奏楽局の新局長、2年生で網走育ちの木村歩果(あゆか)は言う。
「私は打楽器担当なんですけど、冬はドラムセットを叩いていると窓の向こうに流氷が見えるんです。演奏しながら興奮してしまいます。キタキツネは街中でも普通に見かけますね」
北海道では、吹奏楽部はほかの部活とは違い、生徒会の下部組織として「吹奏楽局」と呼ばれていることが多い。歩果は、3年生が引退した後で新たなリーダーに選ばれたのだ。
3年生が引退した現在は1、2年生で37人となっているが、この夏、網走南ケ丘は59人で夏を過ごしてきた。
元副局長で3年のフルート担当、金澤彩羽(いろは)は、40キロほど離れた斜里町に住んでいる。通学にはオホーツク海沿いを走るJRを使っており、1時間ほどかかる。
「線路にシカの群れがいて、列車がブレーキをかけることがよくあります。一匹だけじゃなくて、群れでいることもあって。あと、斜里の中学の音楽室は外が見えなかったんですけど、網走南ケ丘は広い空が眺められます。壮大な曲を演奏するとき、私はいつも網走の空を想像します」
北の大地ならではの環境の中で活動を続ける網走南ケ丘だが、実は今年は大きな変化があったのだった——。

オホーツクの名門バンドに吹いた風
網走南ケ丘は道内の吹奏楽の名門だ。
全道大会(北海道大会)には30回出場し、金賞を10回受賞。だが、近年では2021年(B部門)を最後に全道大会から遠ざかっていた。
そんな網走南ケ丘に今年新たな風が吹いた。
強豪の北海道旭川商業高校から橋本一歩(かずほ)先生が赴任してきたのだ。橋本先生はもともとオホーツク地域の出身で、網走市立第一中学校や斜里中学校での勤務も経験していた。
一般的に、生徒たちは新たな顧問に抵抗を感じることが多い。それによってコンクールの演奏や結果に影響が出ることもある。

が、橋本先生の場合は違った。彩羽は先生の赴任を知ったときのことをこう振り返る。
「橋本先生が斜里中の吹奏楽部にいたころ、1年間だけ指導を受けたんです。すごい熱量で真剣に教えてくれたのが印象的でした。私が中2になると先生は異動してしまったんですが、まさか高校でまた顧問になってくれるとは思ってもいなくて。ネットで異動の発表を見たときはお母さんとふたりで号泣しました。みんなにも『やばっ、橋本先生だよ!』と興奮しながらLINEしました」
中学から吹奏楽を始めた彩羽は、フルート経験者だった母の楽器を受け継いでいた。その楽器を、また橋本先生の指揮で吹けることになったのだ。
歩果も橋本先生の赴任を喜んだという。
「私は小3からブラスバンドに入っていて、橋本先生がいた網走一中の学区だったので、中学では先生の指揮で演奏するのを楽しみにしていました。なのに、入学前に異動になってしまって……。それが、4月からうちに来てくれるとうちに来てくれるとわかり、私もみんなもウェルカムでした!」
この春、幸せな再会を果たした橋本先生と局員たちの音が網走南ケ丘に響き始めた。
橋本先生の吹奏楽局改革
橋本先生はまず、局員たちに基礎練習の大切さを粘り強く教えていった。基礎は基本的に反復練習となるため、中高生は敬遠しがちだ。
橋本先生は言う。
「『この練習にはこういう意味があるから毎日続けるんだぞ』と意義を伝えるようにしたのですが、局員たちは信じてついてきてくれました」
橋本先生がもうひとつ力を入れたのがメンタル改革だった。
「『私たちなんて……』という感じで自己肯定感が低く、ちょっと暗めなサウンドだったので、まずは褒めていいところを伸ばそうと心がけました。『いや、君たちにはめちゃくちゃいいところがあるよ』と。明るく、笑顔で活動することも大切にしていましたね」

橋本先生の指導のもと、網走南ケ丘は少しずつ変わっていった。
ただ、最初のコンクールとなる北見地区大会は8月2日。先生の顧問就任からわずか4カ月後だ。
網走南ケ丘が今年挑戦するのは、全道大会、全国大会へとつながるA部門(大編成)。同じ北見地区には、全国大会の常連である遠軽高校、高い技術力を誇る北見北斗高校がいる。全道大会に進める代表枠は2校。狭き門だ。
橋本先生は本番に向けて小さなゴールを複数設定し、ひとつひとつクリアしていくことでバンドに成長をうながしていった。
乗り越えたコンクール直前のピンチ
局員たちも橋本先生の熱い指導に全力で応えた。彩羽は言う。
「以前の私たちは、胸の奥に思いはあるのにうまく音楽で表現できませんでした。でも、橋本先生の指導は具体的でわかりやすく、演奏の表現力は格段に上がりました」
歩果も言う。
「先生はダメなところは『もうちょいだな』と指摘してくれるし、いいところは褒めてくれます。私たちは褒められて伸びるタイプだから、モチベーションが上がりました」
北の大地の短い夏、まさに今年度のスローガン「熱響」のとおりの熱く響くサウンドが網走の丘の上に広がっていった。
大会前にはピンチもあった。本番が迫ってきているのに、3年生のチームワークに難点があったのだ。彩羽は局長とともに頭を悩ませた末、大会1週間前に3年生だけでミーティングをおこなった。
「みんなで泣きながら『いまの状態はやばいよね』『こんなんだったら、いい演奏できるわけないよ』と意見をぶつけ合いました。それがよかったのかもしれません。ミーティングのあとは、行動にも音楽にも統一感が出ました」

歯車が噛み合った網走南ケ丘は、いよいよ北見地区大会に挑んだ。
自由曲は樽屋雅徳作曲《Crossfire 2023 ed. – November 22 J.F.K》。アメリカ大統領だったジョン・F・ケネディの暗殺事件をテーマにしたドラマティックな曲だ。橋本先生は曲中の部分を「ここはお祈りの場面だよ」「ここは悲しみに暮れているところじゃないかな?」と局員たちに伝え、想像力を刺激しながら、演奏する際のイメージの統一につなげてきた。
彩羽は、曲の冒頭のフルートソロを担当した。課題曲の終盤から「ソロが迫ってきている」という緊張から首のまわりが冷や汗でびっちょりになっていたという。
「でも、いざ演奏が始まると超楽しくて。『会場のみんなが彩羽を見てるんだな〜! 目立ってるな〜!』と思いながら吹きました」
一方、歩果もステージに出たときにはかなり緊張していた。出場順で1つ前が遠軽高校だったからだ。
「遠軽の自由曲がすごい迫力で、『えぐいえぐい!』と圧倒されてしまったんです。最後のほうは聴かないようにして、ステージに出ました。自由曲ではサスペンデッドシンバルを担当するところがあったのですが、『雰囲気出してやるぜ!』と気合を入れて叩きました」
課題曲・自由曲トータルで12分間の演奏。彩羽も歩果も全道大会出場が期待できる出来だったと感じていた。
しかし、審査結果は金賞ながら、代表選出はならず。網走南ケ丘の夏は地区大会で終わった。
ただ、審査員の講評には「感動して涙が出そうになった」といったうれしい言葉もあった。春に橋本先生が着任して以来、着実に変化と成長が見られたコンクールだった。
橋本先生は言う。
「もう少し時間があったらもっともっと伸びるのにな……と思いました。それでも、局員たちは充分に練習の成果を出し切ってくれたし、私も指揮していて楽しかったです」
時代の荒波の中で……
いまオホーツク地域では人口減少や少子化が深刻だ。
網走市では市内の中学校で統廃合が検討され、部活動も2028年度での停止が予定されている。
吹奏楽の火を消さないため、北見地区吹奏楽連盟顧問の古川幸宏さんは地域クラブ「網走ジュニア吹奏楽クラブ」を設立。団長を務めている。
現在、同クラブでは市内の中学生を受け入れ、部活のない週末に活動している。吹奏楽部がない中学校の生徒も参加できる。
古川さんは今後、吹奏楽クラブのみならず、小学校・中学校・高校・一般楽団が協力しながら地域における今後の吹奏楽のあり方を模索していくという。
今後、ますます子どもの数は減っていく。10年後には市内のすべての中学校からメンバーを集めても50人(A部門の参加上限)に満たないという時代が来るかもしれない。
そんな時代の荒波の中、地元の小中学生にとってあこがれの存在である網走南ケ丘は未来を照らす存在だ。
今年、新たな風を運んできた橋本先生と、全国大会出場を夢見る高校生たちは、今日も丘の上で「希望の音」を響かせ続けている。その頭上を、翼を広げたカモメが飛んでいる。
「君たちはもっともっと高く飛べるよ」と語りかけるかのように——。

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス
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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)
世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。

