ピアソラ、プグリエーセとも共演! 現代最高のバンドネオン奏者エクトル・デル・クルトが語るタンゴの魂

エクトル・デル・クルト

取材・文:原 典子

 2026年秋、世界的バンドネオン奏者エクトル・デル・クルトが来日し、各地で多彩な音楽家たちとのコンサートが予定されている。ブエノスアイレスに生まれ、オスバルド・プグリエーセ、アストル・ピアソラらタンゴの巨匠たちと共演、現在はニューヨークを拠点に活躍するエクトル・デル・クルトとはどのような音楽家なのか。メール・インタビューで話を聞いた。

 ブエノスアイレスで4代続くバンドネオン奏者の家に生まれたデル・クルト。バンドネオンとタンゴにまつわる最初の記憶には、祖父の存在が深く刻まれているという。

 「祖父もエクトルという名前で、アマチュアのバンドネオン奏者でした。祖父の父、つまり私の曽祖父はプロのバンドネオン奏者であり作曲家でしたが、“音楽家として苦労する人生を息子には歩ませたくない”と考えていたので、祖父はプロの道を歩まなかったのです。けれど、祖父は毎日バンドネオンを練習しました。私に手ほどきをしてくれたのも彼です。

 もっとも鮮明に覚えているのは、誕生日や大晦日といった家族が集まる日の光景です。祖父がバンドネオンを弾き、家族の誰かがそれに合わせて歌いました。そこで演奏されていたのはタンゴだけではありません。フォックストロット、パソドブレ、タランテラ、サンバ……本当にさまざまな音楽がありました。

 週に一度、祖父はチョコレートをひとつ持って私の家にやって来て、バンドネオンを教えてくれました。母は祖父を迎えるために、エンパナーダ(ミートパイ)を作っていました。祖父が帰ったあと、私は家のパティオ(庭)で習った曲をよく練習していました。すると隣人がやって来て、私の演奏を聴いてくれるんです。母は洗濯しながら歌っていました。私にとってバンドネオンを始めた頃の記憶は、幸せなものばかりです」

 17歳でアルゼンチンの「25歳以下の最優秀バンドネオン奏者」に選出されたデル・クルトは、その才能を期待されてオスバルド・プグリエーセの楽団に招かれた。1989年には同楽団の一員として、プグリエーセ最後の日本ツアーに同行し、初来日を果たしている。

「プグリエーセ楽団での経験から得たことはたくさんありますが、あえてひとつ挙げるなら、本当のリーダーシップとはなにかを学んだことです。自分がすべきことをするだけで、自然と周囲を導いてしまう人がいますが、プグリエーセはまさにそういった“ナチュラル・リーダーシップ”をもった人でした。彼がピアノを弾けば、フレージング、ダイナミクス、アーティキュレーション、どんな細かなニュアンスであっても、私たちはすぐに理解できました。“自分たちは、こちらへ進めばいいんだ”と。言葉を使わなくても全員を導くことができたのです」

エクトル・デル・クルト

 プグリエーセと来日した1989年に、デル・クルトはアストル・ピアソラとも共演している。

「ピアソラと同じステージに立った経験は、音楽家としての私の人生を変えました。“ピアソラがタンゴを殺した”と主張する人たちがいますが、私にとってピアソラは間違いなく“タンゴを救った人”です。彼がいなければ、タンゴは伝統を守ることにとどまり、限られた世界の音楽としてしか残らなかったかもしれません。ピアソラがいたからこそ、タンゴは世界中の主要な舞台で演奏されるようになり、クラシックからジャズまであらゆる音楽家たちが演奏する音楽になったのです」

 1998年には、ブロードウェイで大成功を収めたステージ・ショー『Forever Tango』の音楽監督に就任。その後、自身の楽団やアンサンブルを設立し、ニューヨークを拠点に活躍するデル・クルト。パブロ・シーグレル・トリオのメンバーとして参加した作品『Jazz Tango』は、2018年のグラミー賞で最優秀ラテン・ジャズ・アルバム賞を受賞した。

 「タンゴが生まれた場所から遠く離れて暮らしていると、自身のアイデンティティを保つのは簡単ではありません。そこで私は、タンゴの源流を自分とタンゴを演奏したい人たちの近くに持ってくるため、2014年に“Stowe Tango Music Festival ”という音楽祭を立ち上げました。アルゼンチンからマエストロたちを招くたびに、私はもう一度、自分自身を見つけたような感覚になります。

 いっぽうで、海外で暮らしたことで、ジャズやクラシックからも多くを学びました。ブランフォード・マルサリス、ゲイリー・バートン、パキート・デリベラ、デイヴィッド・シフリンなど、さまざまなジャンルの素晴らしい音楽家たちと共演する機会にも恵まれました。ニューヨークは、新しい世界に飛び込むには最高の場所です。しかし、私自身のアイデンティティが変わったわけではありません。さまざまな出会いによって、より豊かになったのです」

 人生をバンドネオンとともに歩んできたデル・クルトに、この楽器の魅力について聞くと、このような答えが返ってきた。

エクトル・デル・クルト

「バンドネオンは、とても強い表現力を持った楽器です。そして、どれだけ長く弾いていても、つねに新しい発見があります。自分では一手一手を計画して弾いているつもりでも、バンドネオンが次に何を返してくるのかわからないのです(笑)。

 私がなにより特別だと感じるのは、バンドネオンの“声”です。どんな音楽を演奏していても、バンドネオンの音はオーケストレーションの中から浮かび上がってくる。そして聴いている人に、とても親密な形で語りかけることができる楽器であると思います」

 受け継がれてきた伝統と、そこから広がり続けるタンゴの現在。その両方を感じながら、バンドネオンの声に耳を傾けてみてはいかがだろう。

エクトル・デルクルト 日本ツアー

廣津留すみれ ヴァイオリンとバンドネオンで巡るタンゴの旅
10/10(土)14:00 愛知/宗次ホール (完売)
出演/
廣津留すみれ(ヴァイオリン)
エクトル・デル・クルト(バンドネオン)

リズムワークショップ&コンサート
10/23(木)10:00 与論島/社会福祉法人 ハレルヤ福祉会 ハレルヤこども園
出演/
アロン・ヤブナイ(ピアノ)
エクトル・デル・クルト(バンドネオン)

世界と響く。自分を奏でる。高校生のためのリズムワークショップ
10/24(金)14:00 与論町砂美地来館(0997-97-4285)
出演/
アロン・ヤブナイ(ピアノ)
エクトル・デル・クルト(バンドネオン)

NYよりグラミー賞受賞 二人の巨匠の共演 海を超えて出会うタンゴとジャズの物語
アロン・ヤブナイ&エクトル・デル・クルト

10/24(土)18:00 与論町砂美地来館(0997-97-4285)
出演/
アロン・ヤブナイ(ピアノ)
エクトル・デル・クルト(バンドネオン)

Timeless Moments 時を超えて響く、心に残るひととき。
11/3(火・祝)14:00 アイプラザ豊橋 講堂(藤ノ花女子高等学校0532-61-5468)
出演/
ジュリオ・タンパリー二(ギター)
エクトル・デル・クルト(バンドネオン)

Héctor Del Curto’s Beyond Tango -classic-
12/16(水)18:30 ルーテル市ヶ谷ホール
出演/
エクトル・デル・クルト(バンドネオン)
鈴木海市(チェロ)
井上莉那(ピアノ)

問:GLE(グローバルリーダーシップエデュケーション)03-5330-3117
https://gle-edu.jp