「私が最も好きな《マクベス》は
英国の劇場の最良の伝統に根ざした演出、
《ドン・ジョヴァンニ》はカスパー・ホルテンの
アイディアに満ちた鮮やかな演出、
これに最高の歌手が揃い、日本の皆さんを魅了します」(アントニオ・パッパーノ)
――日本公演の演目に《マクベス》と《ドン・ジョヴァンニ》を選んだ理由は?
パッパーノ:《マクベス》は私のお気に入りの演目のひとつです。数年前、リュドミラ・モナスティルスカとサイモン・キーンリサイドと共演しました。その時の上演が本当に素晴らしかったので、絶対にうまくいくと思ったのです。《ドン・ジョヴァンニ》は比較的新しい演出です。日本公演のためには、英国ロイヤル・オペラの本領を十分に発揮できる歌手達を集めることができました。
――それぞれの演出の特徴は?
パッパーノ:《マクベス》については、フィリダ・ロイドの演出は予想に違わず大変暗く、イギリスの劇場の最良の伝統を基盤としています。一方高度に象徴的な演出は、音楽に説得力を持って語らせることができ、アーティストもまた演ずる役を聴衆に直接的に伝えることができるものとなっています。一見、舞台はいたって簡素ですが、それゆえに演技に重点が置かれていることが十分に感じられるはずです。これは、このような作品では非常に重要なことです。
《ドン・ジョヴァンニ》では、カスパー・ホルテンの演出はプロジェクターによる鮮やかな投影(プロジェクション・マッピング)を使用することにより、それぞれのシーンに相応しい色彩と環境を生み出します。もし私が間違っていなければ、《ドン・ジョヴァンニ》には20の異なった場所(設定)があり、通常は全てが実現されることはほとんどありません。しかしこのプロダクションでは、プロジェクターにより創られる様々な雰囲気が、これらの設定の描き分けをかなり達成しています。また、演出上に要求された演技、特にドン・ジョヴァンニとレポレロの関係性を描き出す演出は面白おかしく、真実味を帯びていて、最高の見せ場になっています。
パッパーノ:サイモン・キーンリサイドの声は年々熟成度を増し、今ではこのレパートリー(マクベス役)を歌うことにぴったりな状態といえます。彼は舞台上では優れた演技者であるだけでなく、良い意味で予想しなかったことを見せてくれます。見る者は常に彼から何かを感じ取る…彼はそういうタイプの芸術家なのです。集中力では誰にも負けない人ですしね。
リュドミラ・モナスティルスカについては、声楽的技術には、あえて言えば、何か黄金時代を思い出させるものがあります。高音まで無理がなく、スタッカートでもレガートでも歌うことができます。ハイCを見事に歌ってのける一方、必要に応じて美しい弱音でも歌うことができるのです。ヴェルディはマクベス夫人を描く上で、声にある種の残忍性、金属的なものを備えた特別な歌手を要求していますが、彼女は説得力をもってそれを達成しています。
《ドン・ジョヴァンニ》の配役は、イタリア人歌手のふたり、イルデブランド・ダルカンジェロ、アレックス・エスポージトがそれぞれドン・ジョヴァンニとレポレロを演じます。軽口とレチタティーヴォの質はずば抜けています。私自身が(レチタティーヴォの部分の)チェンバロを演奏しますので共演するのはとても楽しみです。このオペラの中で好きな役のひとつであるドンナ・エルヴィーラはジョイス・ディドナートが演じます。どうしようもなく哀れなのに憎めません。ローランド・ヴィラゾンにとってドン・オッターヴィオは新しいレパートリーです。彼はこのところモーツァルトを歌う機会が増えていて、舞台には欠かせません。ドンナ・アンナ役のアルビナ・シャギムラトヴァはまるで火の玉です。夜の女王を何度も歌っており、それで彼女の名前が知られるようになりました。ドンナ・アンナも高度な技術が要求される役。いわばこの役のスペシャリストが必要ですが、全ての点において彼女は完璧です。ユリア・レージネヴァは特異な音楽家で、愛らしいツェルリーナになるでしょう。《ドン・ジョヴァンニ》を上演するうえでは、全てを正しく把握し、緊密なアンサンブルとしての感覚をもって創造することが非常に重要となります。私たちには、それが備わっていると断言できます。
[インタビュー・文 ジョージ・ホール 在ロンドン、音楽ジャーナリスト]