【特別寄稿】もっとエルガーの歌を!

リンボウ先生が語るイギリス声楽作品

 かねて飽き足らぬ思いでいるのは、日本の音楽世界が、依然としてドイツやイタリアの音楽を偏重している点である。単に演奏会などのレパートリーについてのみ言うのではない。歌曲の歌唱法・発声法などについても、再考してみたほうがいいように思う。
 たとえば、オペラ合唱と教会のクワイヤとでは、コンセプトも発声もまったく違う。
 また、イタリアのような音楽風土のなかでは、ともかく朗々と歌い上げるベルカント的歌唱法が第一であるし、ドイツ・リートはどこか内省的で重々しく強いところがある。
 しかしながらイギリスは、イタリアともドイツとも違う、独特の音楽風土を持ち続けてきた国であった。
 いわゆるエリザビーサン、すなわち16世紀後半から17世紀前半にかけての音楽世界では、ジョン・ダウランド、トマス・モーリー、ウイリアム・バード、フランシス・ピルキントンなどの作曲家たちが多くの独唱・重唱曲を作って大いに人口に膾炙し、それらは今日もなお、多くのクワイヤや重唱団によって愛唱されている。そこでは、一人一人は強く自己主張することはないが、ともかく全体としての調和を第一とし、発声も強さよりは純粋美、そして和声の純正調和を追求して、独特の澄み切った音楽美を作り出してきた。
 17世紀後半、いわゆるバロックの時代には、ヘンリー・パーセルが現れて、宗教曲・世俗曲とりまぜで夥しい数の作品を産み出した。これも日本ではそれほど良く演奏されるわけではないが、イギリスでは頗る広く愛好されて今日に至っている。
 その後、ちょっと不振の時代があるのだが、やがてヴィクトリア時代になると、またイギリス音楽復興の時代がやってくる。その代表的作曲家は、アーサー・サリヴァンで、彼は台本作者ウイリアム・ギルバートと組んで、いわゆるサヴォイ・オペラと称せられる大衆的喜歌劇を量産し、これらは今でもイギリスでは大いに愛好されている。日本でも、《ミカド》(1885)などは良く知られている。これはプッチーニの《蝶々夫人》(1904)などとともに音楽のジャポニスムで、サリヴァン以外にも、シドニー・ジョーンズの《ザ・ゲイシャ》(1896)のような作品も現れた。
 サリヴァンは、また歌曲作曲家としても多くの名品を残し、「The long day closes」などは良く知られた美しい合唱曲である。
 近代イギリスのアカデミックな音楽世界には、チャールズ・V・スタンフォードのような巨匠も現れて、英語と和声の美しく調和する近代イギリス音楽の底流を作った。この流れのなかに、ラルフ(レイフ)・ヴォーン=ウイリアムズのような作曲家も現れてくる。
 しかるに、ウースターシャーの片田舎で音楽教師を兼ねた楽器店主の息子に生まれたエドワード・エルガーは、正規の音楽教育を受けずに独学で作曲を学んだ。それゆえ、41歳のときに、「エニグマ変奏曲」で知られるようになるまで、中央の楽壇には無名の存在であったが、やがてこの「ゲロンティアスの夢」が、1900年にドイツ語訳でドイツで評判になると、次第に欧州にもその名が知られるようになる。この作品は、その意味で、彼の出世作の一つで、ヘンデルの「メサイア」などとはまったく違った宗教オラトリオの世界を開いたのである。
 これほど大規模な作品以外にも、エルガーは、数多くの独唱・重唱(合唱)作品を作っている。それらは、案外日本では知られていないが、中には、愛妻家としても名高かったエルガーの妻アリスの詩に作曲された「O Happy Eyes」のような愛すべき作品もある。
 エルガーというと、我が国では、せいぜい「威風堂々」第一番、「愛の挨拶」というところが有名であるに過ぎぬが、彼が一生の間に作った声楽の作品には、分かりやすく美しいものが多く、ぜひもっと「エルガーの歌」にも注目をして欲しいものだと思うのである。
文:林 望


【公演情報】
第662回定期演奏会
2018.7/14(土)18:00 サントリーホール

第66回川崎定期演奏会
2018.7/15(日)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

●曲目
エルガー:オラトリオ ゲロンティアスの夢 Op.38

●出演
ジョナサン・ノット(指揮)
マクシミリアン・シュミット(テノール)
サーシャ・クック(メゾソプラノ)
クリストファー・モルトマン(バリトン)

合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平

●チケット
サントリーホール

S席 A席 B席 C席
¥10,000 ¥8,000 ¥6,000 売切

ミューザ川崎シンフォニーホール

S席 A席 B席 C席
¥10,000 ¥8,000 ¥5,000 ¥4,000

 

問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター 044-520-1511(平日10:00~18:00)
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