オラトリオとしての《ゲロンティアスの夢》

 西欧の宗教音楽(教会音楽)というカテゴリーに属する作品の多くは、旧新約聖書に掲載されている祈りの言葉やエピソードなどをテキストに採用している。中でもオラトリオと呼ばれる作品は宗教的音楽劇という側面が強く、ヘンデル作曲の「メサイア」やハイドン作曲の「天地創造」などに代表されるような「音楽で描く聖書物語」だといえるだろう。イエス・キリストの受難を扱う受難曲も、オラトリオとは兄弟関係にあるといってよい。  
 さて、エルガーの「ゲロンティアスの夢」はどうだろうか。物語の主人公であるゲロンティアスは聖書に登場する人物ではなく、テキストも聖書によるものではない(ローマ・カトリックの枢機卿が執筆した宗教詩)。ゲロンティアスは自らが直面した「死」について考え、畏れ、死を受け入れた後は慈愛に溢れた天使に導かれて、主のもとへ少しずつ歩みを進めていく。聴き手は、悩めるゲロンティアスの姿を通じて「死と死後の世界」を疑似体験し、その過程において魂は浄化されながら次のステージへと向かうのである。  
 これは言わばカトリックの教義をもとに創作された音楽神秘劇なのであり、いろいろなキャラクターが登場して死後の世界観を端的に伝えてくれる「浄化への手引き」なのかもしれない。そう考えたとき筆者の脳裏に浮かんだのはマーラー作曲の交響曲第2番「復活」であり、自己犠牲の上に精神の解放を得て天国へと昇るオネゲル作曲の「火刑台上のジャンヌ・ダルク」、メシアン作曲のオペラ《アッシジの聖フランチェスコ》といった作品だった。いや、根底に流れる精神の共通性を求めた結果、ワーグナーの楽劇《パルジファル》を挙げる方がいてもおかしくはないだろう。「ゲロンティアスの夢」への入口を求め、こうした作品をガイド役として引き合いに出すことは、決して間違いではないように思う。そしてこの諸作品に関心をお持ちの方には、同じ内的な高揚感を求めて「ゲロンティアスの夢」を体験していただくこともできるのだ。
 ちなみにエルガーは、この作品を1900年に発表(初演)した後に手応えを感じたのか、03年にはイエス・キリストと弟子たち、マグダラのマリアなどが登場する「使徒たち」、06年にはその続編ともいえる「神の国」を発表。その後には、最後の審判をモティーフとしたオラトリオも構想していたが、これは形にならなかった。「ゲロンティアスの夢」をこうした作品群の導入部だと考えることに、エルガーは賛同してくれるだろうか。となると今度は、ワーグナーの《ニーベルングの指環》四部作が頭をよぎってしまうのだが……。
(文:オヤマダアツシ)


【公演情報】

第662回定期演奏会
2018.7/14(土)18:00 サントリーホール

第66回川崎定期演奏会
2018.7/15(日)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

●曲目
エルガー:オラトリオ ゲロンティアスの夢 Op.38

●出演
ジョナサン・ノット(指揮)
マクシミリアン・シュミット(テノール)
サーシャ・クック(メゾソプラノ)
クリストファー・モルトマン(バリトン)

合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平

●チケット
サントリーホール

S席 A席 B席 C席
¥10,000 ¥8,000 ¥6,000 売切

ミューザ川崎シンフォニーホール

S席 A席 B席 C席
¥10,000 ¥8,000 ¥5,000 ¥4,000

 

問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター 044-520-1511(平日10:00〜18:00)
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