「ゲロンティアスの夢」受容史

エドワード・エルガー
photographed in 1931 by Herbert Lambert.(wikipediaより)

 エルガーの「ゲロンティアスの夢」は、1900年10月3日にバーミンガムで初演された。なぜ首都ロンドンでも彼の故郷ウスターでもなく、バーミンガムかといえば、19世紀に工業で栄えたこの中部の都市には三年おきに開催される国内最大級の合唱祭、バーミンガム音楽祭があったからである。「ゲロンティアスの夢」は同祭からの委嘱であった(なお音楽祭は12年に歴史を閉じたが、合唱を担当したバーミンガム祝祭合唱協会は今でも活動している)。
 前回のエッセイでも触れたように、ウスターにも由緒あるスリー・クワイヤーズ・フェスティバルがあったが、バーミンガムの音楽祭ははるかに規模が大きく、それまでにもメンデルスゾーンのオラトリオ「エリヤ」(1846年)やドヴォルザークの「レクイエム」(1891年)などを委嘱していた。「ゲロンティアスの夢」はそうした19世紀のヨーロッパの合唱曲の伝統の流れを確実に汲んでおり、だからこそ初期の受容においてドイツでも高い評価を受けたのであろう。

 名作の初演によくあることだが、「ゲロンティアスの夢」の初演はけっして大成功とは言えなかった。合唱指揮者が数ヵ月前に亡くなったり、楽譜の制作が遅れたりなどの不運が重なり、練習不足のまま公演を迎えてしまったため、エルガーの音楽に深い理解を示していたかのハンス・リヒター(前年の《エニグマ変奏曲》も初演)をもってしても残念な出来で、エルガーは落胆した。しかしながら客席にはこの曲のポテンシャルを見抜いた人物がいて、その一人がドイツのニーダーライン音楽祭の指揮者ユリウス・ブーツであった。彼はこの曲に感銘を受け、自ら歌詞のドイツ語訳を行ない、翌年さっそくデュッセルドルフでドイツ初演を成功させた(この時のゲロンティアス役はドイツ人のL.ヴュルナーが好演した)。さらに1902年にも再演、その公演を聴いたR.シュトラウスが曲を賞賛したことはエルガーを大いに喜ばせた。同年には故郷ウスターでも取り上げられ、さらに03年にはロンドン初演がウェストミンスター大聖堂*でエルガー自身の指揮で行われ、その後は各地の合唱団が次々と取り上げるようになっていった。英国内では今日でも頻繁に演奏され続けている。

 ひるがえって、日本での初演は75年9月19日、東京厚生年金会館にて山口貴指揮フィルハーモニー合唱団(当時、多くの日本初演を行っていたアマチュア合唱団)および日本フィルハーモニー交響楽団によって行われた。東京交響楽団は、英国音楽に理解の深い大友直人の指揮で2005年に取り上げて以来、13年ぶり二度目の演奏となる。少年時代にウスターの大聖堂の聖歌隊員であったジョナサン・ノットにとってこの作品を指揮するのが初めてというのは驚きだが(少年合唱の一員として歌ったことはあるそうだ)、きっと彼らしく深く内容に切り込んだ演奏を聴かせてくれるに違いない。
(文:後藤菜穂子)
*注:ロンドン名所のウェストミンスター・アビーではなく、英国のカトリックの総本山であるWestminster Cathedralのこと。


【公演情報】

第662回定期演奏会
2018.7/14(土)18:00 サントリーホール

第66回川崎定期演奏会
2018.7/15(日)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

●曲目
エルガー:オラトリオ ゲロンティアスの夢 Op.38

●出演
ジョナサン・ノット(指揮)
マクシミリアン・シュミット(テノール)
サーシャ・クック(メゾソプラノ)
クリストファー・モルトマン(バリトン)

合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平

●チケット
サントリーホール

S席 A席 B席 C席
¥10,000 ¥8,000 ¥6,000 売切

ミューザ川崎シンフォニーホール

S席 A席 B席 C席
¥10,000 ¥8,000 ¥5,000 ¥4,000

 

問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター 044-520-1511(平日10:00〜18:00)
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