イタリアのバス・バリトン、イルデブランド・ダルカンジェロは、10年以上にわたって、モーツァルトをはじめ、ロッシーニやドニゼッティ、ベッリーニといったベルカント(オペラ)の諸役で、世界のトップ・シンガーとして第一線で活躍している。なかでもモーツァルトのドン・ジョヴァンニ役は、傑出したレパートリーの一つ。
―― 日本公演でも演じるドン・ジョヴァンニ役を最初に歌ったのは?
ダルカンジェロ:最初にドン・ジョヴァンニを歌ったのは1998年のボローニャでした。2回だけね。でも、私が演じることを前提に作られたという意味での、本当のデビューは2002年のナポリ。これまでにドン・ジョヴァンニ役を何回歌ってきたか、正確には数えていないけど、多分100回以上は歌っていると思います。実際には、ドン・ジョヴァンニよりレポレロの方が歌った回数は多いと思いますが…‥。そうして、今、ドン・ジョヴァンニを歌う時が来た!
―― ドン・ジョヴァンニのキャラクターについて、彼はある意味凄い。良心の呵責のない誘惑者として2500人以上もの女性と寝てきた。凄い数です。
ダルカンジェロ:誰もが、ドン・ジョヴァンニと彼をとりまくミステリーについてのアイディアをめぐらせます。私は去年の夏にザルツブルク音楽祭でこの役を歌った時、演出家のズヴェン=エリック・ベヒトルフと話しました。彼は“考えちゃダメだ! なぜなら、ドン・ジョヴァンニは刹那に生きているんだから”と言いました。私もこれこそが真実なんだと思います。彼は何が起こったかとか、何かを計画するとか、一切の未来も過去も考えたりしないのです。その瞬間瞬間が、まるで彼の生涯の最期の瞬間であるように。
―― 声楽的な観点からの、この役を歌ううえでの難しさとはどんなところでしょう?
ダルカンジェロ:声そのものに官能性をもたせなければならないことです。ドン・ジョヴァンニには、技術的に難しいアリアというのは与えられていないのです。だから、普通なら声の表情が重要になるのはレチタティーヴォの部分が主に担いますが、ドン・ジョヴァンニの場合はオペラ全体において、どのように声で表現するか、ということがより重要になるのです。
(インタビュー・文 ジョージ・ホール ロンドン在住、音楽ジャーナリスト)