ロイヤル・オペラが来日公演に持ってくる《ドン・ジョヴァンニ》は、オペラ・ディレクターのカスパー・ホルテンが2014年に演出したばかりの新鮮な舞台だ。観客に人気の高い出来栄えだが、決してポピュラー路線のモーツァルトではない捻りがあっておもしろい。この舞台が6月12日に初めて再演された(所見日16日)。
先ずはエス・デヴリンの、あっと驚くモダンな舞台美術だ。よくあるミニマリズムでも現代への置き換えでもなく、豪華なセットに強烈な映像コンテンツ(ビデオ・デザイン担当ルーク・ホールズ)をかぶせた眩いばかりのスペクタクルだった。2階建ての小部屋に仕切られた巨大なグレーの立方体が回転すると、プロジェクション・マッピングによって田園の壮麗な屋敷の室内や階段や奥行のある回廊、または登場人物の感情を表す抽象的な空間へと変わっていく。時には黒い巨大スクリーンとなった舞台全体を、主人公に征服された星の数ほどいる女たちの名前で埋め尽くす。アニャ・ヴァン・クラフによる衣裳は豪華な19世紀風、大きく膨らんだドレスの裾が優雅に揺れ動く。
アラン・アルティノグル指揮による今回の再演では、来日メンバーと重なる主要キャストが4人。アレックス・エスポージトのレポレロは、先ずは冒頭で日頃の不満を歌って荒っぽさと人間らしさを表し、後には主人との掛け合いのうまさで観客を惹きつけた。ドンナ・アンナ役のアルビナ・シャギムラトヴァは豊満な声で気高く情熱的に歌い、これぞ適役と批評家陣から絶賛された。ドン・オッターヴィオ役はローランド・ヴィラゾン、甘く深みのある声に加えて、この役には珍しいほどの人間味あふれる描写の仕方が高く評価された。4人目はこれがロイヤル・オペラへのデビューとなったツェルリーナ役のユリア・レージネヴァだ。滑らかできらきらした高音と娘らしい演技で大きな称賛を得た。
「ドン・ジョヴァンニは最後の晩餐の場面からたった1人で過去の亡霊たちと共に残され、レポレロもいなくなった。これが充分な罰なのだから、さらに道徳的な内容の六重唱を入れる必要はないと、指揮者と共に判断しました。モーツァルト自身がウィーン版でそのように提示したのですから」
来日公演でどちらにするかは、今後のリハーサルでキャストや全体像を見てから、指揮者パッパーノと一緒に決定するそうだ。つまり答は舞台を見てのお楽しみ!
(秋島百合子 在ロンドン、ジャーナリスト)