シルヴィア・コスタが語るカステルッチの《タンホイザー》

シルヴィア・コスタ Photo: D.R.

 《タンホイザー》の初日まであと2日となった9月19日、10年以上にわたり演出家ロメオ・カステルッチの右腕として活動しているシルヴィア・コスタによる講演会が開催されました。コスタは、今回の日本公演でも、カステルッチから演出に関わる全権を任されています。
 「イメージの求心力:アイディアを舞台上に具現化する方法」と題したおよそ2時間余りの講演では、バイエルン国立歌劇場の《タンホイザー》新演出の鍵となるコンセプトや、それを想像の世界から舞台上に実現する創作プロセスなどについて語られました。

 コスタによると、ワーグナーが「すべての作品の到達地点は観客である」と言ったように、カステルッチも「最終的な到達点は観客の頭の中にある」と考えているそうです。そしてカステルッチは、真っ白な世界からすべてを作り出していける演劇とは異なり、音楽という枠組み、それも伝統をもつ確固たるものがあるオペラの演出にあたっては、決して革命を起こそうという気持ちではなく、知り尽くすことから始めるのだとのこと。オペラの中には、ドラマが展開していくための鍵となる音がある、という話とともに、《タンホイザー》の女性たちが矢を射るバッカナーレの場面の映像が紹介されました。

 コスタが言葉を尽くして語る内容は興味深いことばかりでしたが、ここではそのうちの一つを彼女の言葉を要約したかたちでご紹介しておきましょう。
 公演をご覧いただくとわかる通り、カステルッチ演出の《タンホイザー》には、全幕に
弓矢が登場します。その意味合いは変化していきます。まずはじめの矢は、ヴェーヌスベルクにおける武器としての矢。バッカナーレで目に向かって矢が射られるのは、観客の視線を射るという意味も持っているそうです。一方、タンホイザーの心のうちは彼が手にする弓によって表されています。第2幕では、エリーザベトがゆっくりと運ぶ矢がタンホイザーの背に刺されます。タンホイザーの罪を咎める皆に、彼の贖罪の機会を乞うエリーザベトの、憎しみではなく愛によって射られた矢です。さらに第3幕、矢は舞台上方、幕の中央に位置して動きません。ここには、ギリシアの哲学者ゼノンのパラドックス(時間と空間の実在性を否定するパラドックス)が関係しているとのこと。動かない矢と対照をなすように、舞台上では、エリーザベトとタンホイザーの肉体がものすごい速度で崩壊していく様子が繰り広げられていきます。

会場のイタリア文化会館アニェッリホール。オペラへの関心から、というのが参加理由で最も多かった。

 もう一つ、彼女そしてこれはカステルッチと共通するものであろう言葉をご紹介しておきます。
「人間の視覚には欠損部があるそうです。その部分を脳が埋めて、人はものを見ています。これは舞台芸術にも置き換えて考えることができます。オペラは何かを解決するものではなく、この欠損部は観客自身によって補完されるべきものなのです」

講演中のシルヴィア・コスタ(右)(中央は通訳、左は進行役の相馬千秋 [芸術公社代表理事/立教大学特任准教授]


【公演日程】
バイエルン国立歌劇場日本公演

《タンホイザー》
作曲:R.ワーグナー
演出:ロメオ・カステルッチ
指揮:キリル・ペトレンコ
9月21日(木) 3:00p.m.
9月25日(月) 3:00p.m.
9月28日(木) 3:00p.m.
会場:NHKホール

■予定される主な出演
領主ヘルマン:ゲオルク・ゼッペンフェルト
タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト
ウォルフラム:マティアス・ゲルネ
エリーザベト:アンネッテ・ダッシュ
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ

※表記の出演者は2017年1月20日現在の予定です。
http://www.bayerische2017.jp/tannhauser/